価格動向が世界経済の先行きを示す傾向があることから「ドクター・カパー」の異名を持つ銅だが、景況感の悪化を背景にさえない値動きが続いている。銅の国際的な価格指標であるロンドン金属取引所(LME)の3カ月先物価格は昨年、10年ぶりに1トン当たり1万ドルの大台に乗せ、今年3月には1万845ドルと最高値を更新した。しかし、その後は価格水準を切り下げ、夏以降は7,000ドル台半ばを中心とした取引に終始していた。11月になり、ようやく8,000ドル台を回復したものの、最高値からは25%ほど低い水準にとどまっている。
銅は、導電性や熱伝導性に優れた素材で、電子部品や電線など消費財から投資財まで幅広い用途に使われていることから、市況と景気動向が結び付けられやすい。実際に、コロナ禍で需要が急減した2020年3月には、銅は4,630ドルへと急落した。しかし、都心部から郊外へと転出する動きが強まったことで、集合住宅から戸建て住宅への切り替え需要が急増し、ウッドショックが発生。銅相場も着工件数の増加に先行して底入れし、歩調を合わせるように長期の上昇トレンドを描いた(図表)。
その後、住宅着工の増勢が一服したが、21年10~11月の第26回気候変動枠組み条約締結国会議(COP26)開催前には、風力など自然エネルギーを活用した発電所増設への期待が高まったことで、1万ドルを中心とした価格帯での取引がしばらく続いた。現時点で銅の価値は低迷気味だが、そもそも発電所増設などで年消費量を5~10%程度押し上げることが期待されており、銅の価値が下落する理由はなかった。一方で、最近では意外なほど中国経済の動向が材料視されていない。原材料市況の高止まりに対して中国が不満を呈しても相場は動かず、かえって中国経済の不安定さを印象付けることになった。
こうした経緯を踏まえ、銅需要に影響する三つの動きに注目したい。一つ目は、賃金上昇率や名目金利を上回るペースで物価上昇が進んだことで購買力が低下するなど、需要減退リスクが高まっていることだ。二つ目は、短期金利の上昇で、在庫保有費用は金利上昇分だけ増加し、在庫投資の余力は狭まっていることである。そして三つ目は、脱炭素化の動きで、長期目標に変更はないと思われるが、エネルギーの需給環境が目まぐるしく変化しており、電線向けを中心とした新規の銅需要が先送りされる可能性が高いことだ。
こうした動きが銅相場に影響を与えるのはもう少し先になりそうだ。ただ、銅需要への追い風が止み、逆風が強まっている局面では上値が重く、7,500~8,500ドルを中心に弱含みの相場が展開されることを想定している。
文・住友商事グローバルリサーチ チーフエコノミスト / 本間 隆行
提供元・きんざいOnline
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