移植したヒト脳オルガノイドを操作してラットに強制的に水を飲ませる

刺激を受けたラットは狂ったように水を飲み始める
Credit:Omer Revah et al . Maturation and circuit integration of transplanted human cortical organoids (2022) . Nature

移植されたヒト脳オルガノイドがラット脳と神経接続を形成し、ラット脳の一部として統合されていた場合、ヒト脳オルガノイドの操作はラットの操作につながるはずです。

そこで研究者たちは、移植前のヒト細胞に遺伝子操作を行い、青色の光で活性化するようにしました。

この遺伝操作された細胞を培養して作られたヒト脳オルガノイドは、ラット脳内に移植された後でも青色の光で活性化する機能を持ち続けています。

研究者たちは移植が成功すると、ラットの頭蓋骨に穴をあけて、移植されたヒト脳オルガノイドに光ファイバーを刺しし込み、ラットが水を飲むタイミングを見計らって青色の光を照射するようにしました。

するとラット脳は「移植されたヒト脳オルガノイドが活性化すること」と「水を飲む行動」を結び付けてある種の条件付け反応をするようになり、青色の光でヒト脳オルガノイドを活性化するだけで、水を飲み行動を起こさせることに成功します。

この結果は、移植されたヒト脳オルガノイドが単にラット脳の一部として機能しているだけでなく、学習を通じて報酬を求める行動を起こさせる役割を持ち始めている可能性を示唆します。

つまり、移植されたヒト脳オルガノイドはラット脳の中で「自分の仕事」を新たにみつけていたのです。

なお、異なる種族の脳組織を融合させることでラットに「てんかん」や「認知障害」などの悪影響が出ることが当初、危惧されていましたが、不思議なことに移植を受けたラットたちは健康にみえる、とのこと。

移植を受けるラットたちの免疫機能は事前に抑制されていたものの、ヒト脳組織とラットが問題なく同居し機能統合できる点は、神経回路が高い冗長性を持つ証拠として非常に興味深いと言えるでしょう。

では移植したヒト脳オルガノイドを使って、ラットの知能をヒト並みに増強させたり、ヒトのような意識を持たせることはできるのでしょうか?

できるとしたら、倫理上の問題は起きないのでしょうか?

ヒト脳オルガノイドをラットの意思を司る場所に移植する?

ヒト脳オルガノイドの一般的な外見。通常は小さな球体をしている
Credit:Long-term maturation of human cortical organoids matches key early postnatal transitions

今回の研究では、ヒト脳オルガノイドをラットに移植する道徳的意味も考察されています。

その結果、今回に限れば、移植されたヒト脳オルガノイドがラットをヒト化することはないと述べています。

移植されたヒト脳オルガノイドはラット脳の半球において3分の1(総量の6分の1)を占めるほど巨大化しましたが、ヒトと同じような意識や知能を持つには、組織がまだまだ不足していると考えているからです。

また移植された場所が、ラット脳の意識を司る場所ではなく、体の感覚を司る場所であった点も重要です。

(※ラット脳の意識を司る場所への移植が避けられたのは、感覚を司る場所に移植したほうが、変化の測定がしやすいという事情に加えて、倫理的な負担が少なくなる利点がありました)

実際、今回の研究ではヒト脳オルガノイドはラット脳と機能的な統合を果たしましたが、ラットの認知能力や知性に影響を与えなかったことが確認されています。

では、必要十分な量と質を備えたヒト脳オルガノイドをチンパンジーなどヒトに近い霊長類の意識を司る領域に入れた場合は、動物の精神にヒト化を起こせるのでしょうか?

研究者たちはその場合「脳機能の統合が遥かに容易に進行する可能性がある」と述べると共に「道徳的観点からも遙かに懸念されるだろう」と指摘しています。

つまり将来的に、大規模かつ高品質なヒト脳組織移植を行えるようになれば、ヒトに近い霊長類の精神や知能をヒト化させられる可能性はありますが、倫理的に許されるかどうかは不明となっています。

しかし研究者たちは、また現時点では、霊長類を実験に使用する必要性は感じおらず、それよりもまずは、開発された技術を利用して作成された「よりヒト脳に近づいた脳オルガノイド」で何ができるかを確認する必要があると述べました。

確かに、赤ちゃんラット脳を生体培養装置として利用する方法がやっとみつかった段階で、チンパンジーをヒト化させる危険性について議論するのは時期尚早と言えるでしょう。

ただ異なる種族の脳組織を効率よく統合できる方法がみつかったことで、より高度な合成生物学への道も開かれたかもしれません。

補遺:脳オルガノイドが10カ月で発達をやめてしまう問題

これまでの研究では、標準的なヒト脳オルガノイド作成方法ではなぜか10カ月ほどで成長が停止することが知られており、その理由は詳しくはわかっていません。

今回、赤ちゃんラットの脳で発達したヒト脳オルガノイドでどんな遺伝子が活性化しているかを調べられましたが、母体となるラットが大人(誕生から8カ月)になった段階でも、やはりヒト胎児期の後期と同じパターンであることが判明しています。

人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功

ただ以前の研究では600日を超える超長期培養により、ヒト脳オルガノイドに乳児の脳と同じ「誕生後の学習に必要な遺伝子」を活性化させることに成功しています。

同じような超長期培養をラット脳内で行えば、より発達した段階に辿り着けるかもしれません。

参考文献

Human brain cells transplanted into baby rats’ brains grow and form connections

元論文

Maturation and circuit integration of transplanted human cortical organoids