競技人口の増加に伴い、絞りの面でも筋量の面でも高いレベルを求められるようになったメンズフィジーク。その中で、昨年オールジャパン選手権2連覇を達成したのが直野賀優選手である。9 月の試合に向けて、ちょうどこの4月から減量に入ったという直野選手。その方法論とベースとなっている考え方とは?

取材・文:藤本かずまさ 大会写真:中島康介

一般の方では到達しえないような筋量や仕上がりなどに価値があると思っています

――減量の期間はどのようにして設定しているのでしょうか。
直野 年々、長くなっています。ベストボディジャパンに出場していたころ(2014~15年)は3カ月、JBBFのメンズフィジークに出場するようになってから(16年以降)は4カ月ほどで設定していました。しかし、スポルテックカップで予選落ちしたり、アジア選手権で結果が出せなかったりと、19年に本当に苦しいシーズンを経験したんです。
――17年、18年と着実に成績を伸ばしてきましたが、勢いがそこでストップした感がありました。
直野 これには明確な理由がありました。18年に世界選手権に出場したのですが、激甘の状態で6位に入賞してしまったんです。そこで、「サイズを残したら絶対に勝てる」と勘違いしてしまったんです。そして、次の試合のスポルテックカップが散々な結果で終わってしまいました。
――「サイズを残す」というのは魔の言葉かもしれません。
直野 要するに、実際のサイズや大きさというよりも、筋が丸みを帯びている状態であれば大丈夫なんだと思います。僕の場合はそれが厄介で、手足が長くて骨盤も横に広いので、丸みというものを帯びづらいんです。だから、「サイズ」というものに執着してしまっていました。
――19年に苦しい思いをして、意識が変わったのですね。
直野 減量に対する認識の甘さを痛感して、昨年は期間を5カ月で設定しました。結果、去年は僕の中では最も良い状態で出場することができました。しかしながら、仕上がりの面では寺島遼選手に到底及びませんでした。今シーズンはオフの間にあまりのせないようにして、減量期間も5カ月で設定しました。これでもう一段階、上の状態に持っていけるのではないかと思っています。
――減量幅はどのくらいになるのですか。

「最初の1カ月で体重を10㎏減」メンズフィジークトップ選手の減量トレーニングと食事法
(画像=『FITNESS LOVE』より引用)

直野 20㎏ほどです。今はベースとなる食事がオンとオフも同じなんです。オフはそこに好きなものを食べるといったことが加わります。それで先シーズンのオフは111㎏まで増えました。今回のオフも食事に関して同じような過ごし方をしたのですが、あまりのせないように起床後すぐに30分ほどの有酸素運動をほぼ毎日やっていました。今年の減量は104.3㎏からスタートしています。
――ベースの食事はどのようなものなのでしょう。
直野 1日に白米3合、これを6回に分けて食べています。他には全卵10個、皮なしの鶏胸肉400g、ひじきや枝豆やコーン、そしてトレーニング後のプロテイン50g、マルトデキストリン50g。これで3200キロカロリーほどです。
―― 減量中の食事としてはそれほど少ないほうではありませんね。
直野 多いと思います。今回の新しい取り組みとしては、僕はこれまで減量中は脂質をほぼカットしていたんです。でも、今回は摂るようにしました。やはり選手の中には脂質を摂っている人が多いんです。僕も最初の1カ月は脂質を摂りながら絞ってみようと。絞れないようだったら、即座にカットします。
――どのようなペースで落としていくのですか。
直野 最初の1カ月で9㎏から10㎏ほど落とす予定です。ただ、今回は比較的ハイカロリーで設定しているので、これまで通りのペースで進むかどうかは分かりません。ですが、毎年最初の1カ月で10㎏ほどは落ちます。
――1カ月で10㎏はすごいですね。
直野 僕はおそらくグリコーゲンの貯蔵量が多いタイプなんだと思います。体質的に水分を溜め込みやすいのでしょう。そこからグリコーゲンの貯蔵量を落としたら、一気に体重が減ります。
――最初はどのようなアプローチから入るのですか。
直野 無駄な摂取カロリーを削ります。また30分の有酸素運動を、可能な日は60分まで増やします。
――トレーニング内容にも手を加えるのでしょうか。
直野 今シーズンはトレーニングの考え方も変えました。これまで減量中は使用重量が落ちることを前提に考えていて、その分レップ数を増やして補填するようにしていました。オフはメカニカルストレス、それが減量に入るとケミカルストレス寄りにシフトしていました。今シーズンはメカニカルストレスを落としたくないと思い、それもあって脂質を摂るようにしたというのもあります。
――今年は使用重量を落とさずにしキープしていく?
直野 僕は筋量的にはまだまだ物足りないと思っています。もちろん毎年成長していますし、去年と比べていい身体になっているという実感はあります。だから、これまでの取り組み自体は間違っていないと思います。ただ、間違ってはいないのですが、自分のフレームに見合った筋量に到達するために、もっと短い期間でやれることがあるのではないかということを考えるようになったんです。今回は3月までのオフの期間、重量にこだわったトレーニングに取り組むようにしました。体感としてはいい感触を得られたので、この取り組み方を信じて今シーズンはやっていこうと思っています。
――しっかりと重量を持ちながら減量していくのですね。
直野 実際には落ちるとは思いますが、高強度でやっていきます。種目によってレップ数の上限と下限を設定しているんです。6回から10回、もしくは10回から12回の範囲内でオールアウトできる重量設定で行っています。
――6回から10回に設定しているのはコンパウンド種目ですか。
直野 コンパウンド種目もそうですし、例えばコンパウンド種目以外でも「チーティングをして変わってしまうのか、変わらないのか」というところで判断しています。ベンチプレスはチーティングをすればかなりフォームが変わって、効き方も変わってきます。これはチーティングをしないことが前提の種目なので、チーティングをせずに6回から10回、という設定になります。一方、ラットプルダウンで6回から10回という設定をしたら、かなりチーティングを使うことになると思います。こうした種目は10回から12回で設定しています。
――減量の過程で、タイミングによって追加していくものはありますか。
直野 朝の有酸素の前にカルニチンとカフェインだけは入れています。それくらいですね。あとは、オンとオフを通じてマルチビタミンとマルチミネラルは必ず入れるようにしています。ある程度身体も脳も元気で正常な状態にして、その上で有酸素運動による体脂肪へのアプローチのボリュームが増えれば、必然的に絞れていくと考えています。これは競技者であろうが一般の方であろうが同じだと思います。大切なことは基本的なところにあるのではないかと思っています。
――バーナー系よりもビタミンやミネラルなどのコンディショニング系のサプリメントを重視しているのですね。
直野 僕は基本的には数学の「集合」で考えています。
――集合?
直野 ボディビルやフィットネスをやっている人たちを「全体集合」として、その中でファットバーナーを入れている人たちを集合A、入れていない人たちを集合Bとします。その2つの集合が交わっている部分(AかつB)が「成功例」だとすると、そこを押さえておけば大丈夫だという考え方です。つまり、その「成功例」はファットバーナーを入れる・入れないに左右されない部分になります。

「最初の1カ月で体重を10㎏減」メンズフィジークトップ選手の減量トレーニングと食事法
(画像=『FITNESS LOVE』より引用)

――その「AかつB」の要素とは?
直野 有酸素運動です。これは世界基準で、みなさんがやっていることだと思います。確かに、有酸素運動をやらなくても絞れるという方はいらっしゃるでしょう。ですが、今は海外の有名選手たちがモーニングカーディオをやりながらインスタライブなどを行っています。これにはもちろん、エビデンスもあります。空腹の状態でグルカゴンの分泌があること。寝ている間に分泌された成長ホルモンで体脂肪が分解された状態であること。さらに夜の食事から糖質を抜いておけば、肝臓のグリコーゲンの貯蔵量も少ない状態にあります。その状態で有酸素運動を行うと優先的に体脂肪が使われます。そのタイミングで有酸素運動をしないのはもったいないと思います。
――その時間を確保するために睡眠時間を削るのでしょうか。
直野 もちろんそうなります。ただ、6時間は寝るようにはしています。また、大会が近くなって緊張感が高くなってくると眠りが浅くなると言いますか、自然と早くに目が覚めるようになります。そこに苦はありません。
――実際に起床直後の有酸素運動は多くの選手が行っています。その前にBCAAなどアミノ酸を摂る人もいます。
直野 体脂肪よりも先にアミノ酸がエネルギーとして使われるという状況を作るのはもったいないような気がします。確かに有酸素運動中にカタボリックに傾くのかもしれませんが、では有酸素運動をしなければ、その前に摂ったアミノ酸が全て筋肉になるのか。そんな都合のいいことはないと思います。そう考えるようになって(カタボリックは)あまり気にしなくなりました。
――水分の摂取については?
直野 たくさん摂っています。まず朝起きて有酸素が終わるまでに1リットル以上は飲んでいます。1日トータルでは今の季節だと4、5リットルくらいだと思います。
――そこから徐々に増やしていく?
直野 意識的に増やすということはないのですが、季節的に暑くなってくると自然に増えていきます。
――食事で次の段階で脂質をカットしたとします。次の段階で少し様子を見る場合、どういったアプローチをされますか。
直野 そこでもうまくいかなかった場合は、サイクルダイエットをするしかないと思います。
――どういった方法でしょうか。
直野 4日間で回すサイクルを組むのですが、まずローカロリーの状態を作ります。最初の3日間がローカロリーです。カーボを減らして、だいたい1600キロカロリーくらいまで落とします。そして4日目に一気にカーボ量を3倍ほどにします。そしてまたローカロリーでガッツリ落としにいって、そして恒常性が働かないようにまたカロリーを上げる…。これを繰り返します。実際に2019年のアジア選手権明けから1カ月後のオールジャパンに向けてはこの方法で落としました。
ただ、これは最終奥義です。ローカロリーが続くとトレーニングの強度は落ちてしまいます。すると、筋断面積が小さくなっていくような気がするんです。だから、重たいものを持たないと筋は太くある状態をキープできないのかもしれません。僕の場合は胸とか肩とかが、減量を始めると一気にしぼむような感覚があるんです。だからこそ、今年は重量にこだわっていきたいと思っています。
――現在のメンズフィジークのトップ選手たちの絞りには目を見張るものがあります。
直野 結局のところ、絞れていないと評価されないんです。SNSなどでは「絞りすぎた状態が評価されるのはどうなんだ」とか「筋量がありすぎるのはどうなのか」とか、そうした意見を目にすることもあります。ただ、世界選手権やアジア選手権などを見たら、そんなことは言っていられないはずです。自分の都合のいいように自分のハードルを下げることはできますが、それでは何のためにボディビルやフィットネス競技をやっているのか、分からなくなってしまいます。
僕は一般の方では到達しえないような筋量や仕上がりなどに価値があると思っています。もちろんこれは、あくまでルールに則った上で作り上げていくものです。だから「仕上がりすぎている」という感覚は僕にはありません。「すぎる」ということはないと思います。お客さんはチケットを購入して会場にきてくれています。僕たちはお金を払って観るだけの価値のある身体を作らなければいけないと思っています。
――今年もこれからいよいよ本格的にシーズンが始まります。
直野 僕は勝っても「圧倒的感」がないんです。消去法で僕が勝ったのではないか、という感じがするんです。こいつしかいない、という勝ち方ではないと思います。もちろんそれはオールジャパンというステージで選手のレベルが拮抗している状態であるから、そうなっているのだとは思います。そうした中で僕は圧倒的な存在になりたいと思っています。


直野賀優(なおの・よしまさ)
1991年11月25日生まれ、宮崎県出身。筑波大学体育専門学群卒。2016年からはトレーナーとして活動。2019・2021年JBBFオールジャパン選手権メンズフィジーク40歳以下176cm 超級2連覇、2021年JBBFグランドチャンピオンシップス準優勝、IFBB世界選手権メンズフィジーク182cm以下級5位。


執筆者:藤本かずまさ
IRONMAN等を中心にトレーニング系メディア、書籍で執筆・編集活動を展開中。好きな言葉は「血中アミノ酸濃度」「同化作用」。株式会社プッシュアップ代表。

提供元・FITNESS LOVE

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