スマホ、パソコン、テレビなど、ほとんどの電気製品は「論理回路」と呼ばれるデジタル回路で制御されています。

論理回路が備わっているため、私たちの意図通りに電子機器を操作できるのです。

もし、同様の回路を遺伝子の発現にも導入できるなら特徴や成長のタイミングさえ人間の意図通りに操作した植物を作ることもできるでしょう。

そして最近、アメリカ・スタンフォード大学(Stanford University)生物学部に所属するジェニファー・ブロフィ氏ら研究チームは、遺伝子の発現を制御する「人工遺伝子回路」を設計しました。

これを利用することで、シロイヌナズナの根の数だけを変化させることに成功しています。

研究の詳細は、2022年8月11日付の科学誌『Science』に掲載されました。

生物にも論理回路を組み込める?

シンプルな論理回路の例。
Credit:technologystudent.com

私たちの身の回りの電気製品は、0と1のデジタル信号と論理回路によって制御されています。

例えば、「玄関の自動照明システム」にも論理回路が活用されています。

これによって、「周囲が暗くて人が近づいたときだけ点灯する」など、私たち人間が意図した通りの細かい操作が可能になっています。

生物にも論理回路を導入できる?
Credit:Canva

では、生物版の論理回路をつくってその生物に導入すれば、生物の反応や特性を人間の意図通りに操作できるのでしょうか?

合成生物学の分野では、以前から遺伝子発現を操作する遺伝子ネットワーク「人工遺伝子回路」が研究されています。

遺伝子を電子回路の部品のように組み合わせて、生物に特定の特徴をもたせようとしてきたのです。

実際、原生生物などには既に人工遺伝子回路が導入されてきました。

そして今回、ブロフィ氏ら研究チームは植物の人工遺伝子回路を開発することに成功しました。

植物の「人工遺伝子回路」を設計!根の数をコントロールできる

現在の遺伝子組み換え作物は、「除草剤や害虫に抵抗するために必要な遺伝子が全ての細胞で発現する」という比較的単純で大雑把な方法でつくられています。

「特定の細胞の、特定の遺伝子を制御する」ようなことはできないのです。

しかし人工遺伝子回路であれば、より細かな遺伝子制御が可能になり、植物の一部だけを変化させることができます。

今回、ブロフィ氏ら研究チームは、転写に関わる領域を特定・調整することで、人工遺伝子回路を作成。

これをシロイヌナズナに導入し、根の分岐に関する遺伝子発現を制御することに成功しました。

特定の遺伝子の発現量を変化させることで、根の他の性質に影響を与えることなく、側根(主根から枝分かれした根)の数を予測可能な範囲で変化させることができたのです。

人工遺伝子回路のイメージ。シロイヌナズナの側根の数だけを変化させることに成功
Credit:Jennifer Brophy(Stanford University)_Stanford researchers have designed synthetic genetic circuits that could help plants adapt to pressures from climate change(2022)

この結果は、植物の特性を人間の意図通りに操作するうえで重要な一歩となりました。

実際、根の深さや形状は、植物が土壌から栄養をどのように回収するかに大きく関わってきます。

例えば、浅く広範囲に枝分かれした根はリンの吸収に優れています。

一方、深くまで一直線に伸びて底の方で枝分かれする根は、水や窒素の吸収に優れています。

さまざまな人工遺伝子回路を設計して導入すれば、これらの特性も思い通りに制御できるはずです。

将来的には、洪水や干ばつ、熱波などの気候変動に対して高い抵抗力をもった作物をつくり、世界的な食糧問題にさえアプローチできるかもしれません。

参考文献

Stanford researchers have designed synthetic genetic circuits that could help plants adapt to pressures from climate change
Reprogrammable ‘Genetic Circuits’ May Eventually Help Plants Adapt to Climate Change

元論文

Synthetic genetic circuits as a means of reprogramming plant roots