自動車を運転しているとき、突然パトカーや救急車のサイレンが聞こえてきたら皆さんはどうするでしょうか?

通常、運転手は音が聞こえる方向を確認して、道を譲ろうとするはずです。

こうした行動が取れるのは、人間の耳に音の方向を特定する能力があるためです。

そして小さな蛾は、人間とは異なった方法で音源を探知しています。

今回、イギリス・ストラスクライド大学(University of Strathclyde) 超音波工学センターに所属するララ・ディアス・ガルシア氏ら研究チームは、蛾の鼓膜を模倣した3Dモデルを作成し、蛾が音源探知できる理由を解明しました。

このモデルによって、新しい指向性マイクが開発できるかもしれません。

研究の詳細は、2022年8月17日付の科学誌『IEEE Sensors Journal』に掲載されました。

蛾は人間とは異なった方法で音の方向を特定している

人間は2つの耳で音の方向を特定している
Credit:Canva

人間の耳が音の方向を特定できるのはなぜでしょうか?

それは「耳が2つある」からです。

2つの耳は離れているので、それぞれの耳が受け取る音量やタイミングは僅かに異なります。

例えば右方向に音源がある場合、右耳の方が左耳よりわずかに早く、そして音量も大きく聞こえます。

そして脳は、これら僅かな差を元に音源の方向を推定できるのです。

とはいえ全ての生物が同じ方法で音源探知できるわけではありません。

昆虫などの小さな生物では、耳同士が非常に近いため、「聞こえ方の違い」が生じにくいのです。

実際、「Ascalenia grisella」という小さな蛾は、2つの内耳(耳の最も内側にあたる部分)がわずか0.6mmしか離れていません。

しかしそれにもかかわらず、彼らは音の方向を特定できます。

しかもディアス・ガルシア氏によると、「蛾のメスは片耳が潰れた状態でも、交尾のための鳴き声を追跡できる」とのこと。

つまり、蛾は1つの耳だけでも音源探知できると考えられます。

そこでディアス・ガルシア氏は、蛾の鼓膜を模倣した3Dモデルを開発・シミュレーションすることで、この仮説を検証することにしました。

蛾の鼓膜は2種類の異なる厚みによって指向性を発揮する

研究チームは、最初に単純な3Dモデルを作成し、そこから蛾の鼓膜を模倣して徐々に形状を複雑にする、というプロセスを取りました。

これにより、どの構造が音の方向を特定するのに役立っているか見極めることができます。

最初のモデルは単純な円形プレートでしたが、当然ながら、これだけでは音源探知できませんでした。

3Dプリントされた蛾の鼓膜モデル。厚みが異なる
Credit:Lara Díaz-García(University of Strathclyde)_Will Moths Inspire a New Kind of Microphone? (2022 IEEE Spectrum)

そしていくつかの要素を追加したり試したりした結果、2種類の異なる厚みをもつ楕円形のプレートが音源探知に効果的だと分かりました。

不均一な厚みの鼓膜構造とそれがもたらす振動により、耳の後ろから聞こえてくる音よりも、耳の前から来る音の方が強く拾われるのです。

音を拾いやすい角度が限定されているので、いくつかの方向に耳を向けて比べるだけで、「より強く聞こえる方向に音源がある」と判断できるでしょう。

再現された「蛾の鼓膜」の振動。前方からの音をより強くとらえる
Credit:Lara Díaz-García(University of Strathclyde)_Will Moths Inspire a New Kind of Microphone? (2022 IEEE Spectrum)

つまり仮説どおり、蛾は1つの耳だけでも、鼓膜の構造によって音源探知できると分かりました。

研究チームは、この発見を「新しい指向性マイクの開発」に役立てられると考えています。

従来の指向性音響センサーのほとんどは、人間の耳のように、2つもしくはそれ以上のマイク応答を比較することで機能します。

ところが蛾の鼓膜構造を応用するなら、1つのマイクだけでも指向性が得られるかもしれません。

これまでとは異なった方法で、周囲の雑音を拾わず、特定の音源だけをピックアップするのに役立つのです。

またチームは、この研究が補聴器の開発にも役立つと考えており、「小さな蛾からある種の補聴器を生み出せるのであれば、それは素晴らしいことでです」と、今後の進展に期待しています。

参考文献

Will Moths Inspire a New Kind of Microphone?

元論文

Towards a bio-inspired acoustic sensor: Achroia grisella’s ear