9月に入り、為替市場では円安ドル高圧力が再燃し、ドル円相場は一時1ドル=145円手前まで急騰した。8月米雇用統計では、失業率や労働参加率の上昇といった労働需給の逼迫緩和の兆候も見られたが、8月ISM指数は製造業、サービス業共に市場予想を上回るなど米経済の堅調さを示した。米連邦制度準備理事会(FRB)の高官らもインフレ抑制に向けたタカ派姿勢を維持しており、短期的には米金利上昇によるドル高円安圧力が強そうだ。
中長期的な円高への転換の可能性とそのタイミングを見通す上では、世界的なインフレ圧力の鎮静化ペースが重要となる。3月以降の急速な円安ドル高の背景には、供給制約の悪化やそれに伴うインフレ圧力の高まりがあった。インフレ圧力の高まりが、①金利差拡大、②交易条件ショック、③リスクオフによるドル全面高を引き起こし、これらが円安ドル高圧力を強める原動力となってきた。インフレ加速への懸念は海外中銀による積極的な利上げにつながり、緩和姿勢を維持する日銀との乖離が鮮明になるとともに、金利差拡大による円安圧力となった。
さらに、エネルギーなど資源価格上昇に伴う交易条件悪化を通じても、世界的なインフレは円安圧力となる。また、各国中銀の大幅利上げは株安などリスク心理悪化につながっているが、スタグフレーション的な市場環境では円は安全通貨として機能しにくくなる。
この点、川上段階でのインフレ圧力が世界的に弱まりつつあることが、今後の円安余地を占う上で重要だろう。グローバル総合PMIの投入価格DIは8月に64.8と、昨年3月以来の水準まで低下した。サービス業の投入価格DIは66.2と高止まっているが、製造業では61.1と低下がより目立っている。
川上段階でのインフレ圧力低下には、徐々に世界的な供給制約が解消しつつあることが影響している。ニューヨーク連銀が算出しているグローバル供給網圧力指数(GSCPI)は1.47と、昨年1月以来の水準まで低下している(図表)。依然として過去平均対比で1標準偏差以上高い状況にあるとはいえ、歴史的な供給ショックは緩やかに改善に向かうだろう。今後は世界的に景気減速感が一段と強まる可能性が高く、需要面からもインフレ圧力は徐々に鎮静化することが予想され、為替市場での円安圧力の低下につながりそうだ。
ドル円相場は、短期的には1ドル=145円の円安ドル高水準を超えるリスクが残るものの、世界的なインフレ圧力低下を受け、ピークアウトのタイミングは近づいている。年度内に1ドル=130円割れの円高ドル安となる公算が大きい。
文・野村証券 市場戦略リサーチ部 チーフ為替ストラテジスト / 後藤 祐二朗
提供元・きんざいOnline
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