2019年の日本男子ボディビルチャンピオン、横川尚隆選手。今回「楽しむ方向にシフトしている」というトレーニングについて伺うと、横川選手の進化の核となりそうな意識のコントロールに話が及んだ。
取材・文:鈴木彩乃 撮影:北岡一浩
──2019年以降、どのようなトレーニングをしてきましたか。
横川 19年の世界大会以降は、楽しむ方向にシフトしています。好きなように、楽しく、やりたいと思うことをしてきました。大会に出るとなると、ただデカくすればいいわけではなく、勝てる身体を作らないといけません。そういった制限がないから、今は好きなようにやれているんです。
──好きなようにやれるとなるとどのような内容になりますか。
横川 腕トレが好きなので、腕に集中しがちですね。腕を二頭と三頭に分けて、それ以外は胸と背中、脚と肩。頻度は特には決めずに行けるときにジムに行き、分割も絶対ではなくて、状況によって変える場合もあります。
──今回の撮影は2時間みっちり上腕二頭筋のトレでした。
横川 メニューは「ワンハンド・ダンベルカール」「ワンハンド・プリーチャーカール」「バーベルカール」「インクラインカール」「オーバーヘッド・ケーブルカール」。いいなと思う種目を選んで、お気に入り順に並べました。
──実施する上で、特に意識していることはありますか。
横川 どの部位でも何の種目でも共通して常に意識しているのは、パワーを出して挙げる割合と筋肉に効かせながら挙げる割合とをコントロールすること。これがしっかりできるようになると、誰でも筋肉の確率変動に入ります。
──筋肉の確変!
横川 ずいぶん前からそのような意識は自分の中にはあったのですが、うまく言葉にできなかったのと、割合意識を自在に調整できるようになったのが、19年のシーズンでした。だからあのとき身体がガラリと変わったんですよね。
──どのような割合を、どのように意識してコントロールするのか教えていただけますか。
横川 まず、挙上の力を全部で10とします。その中で「パワーに費やす力」と「効かせに費やす力」との割合を、意識で分配していくんです。ダンベルカールでいうと、最初の28㎏では【パワー4:効かせ6】の割合を意識していました。次の32㎏では【パワー5:効かせ5】、そして最後の34㎏ では【パワー7:効かせ3】というように、重量を変えるごとに意識の割合を変えていくのです。ただし、最後7:3のようにパワー寄りの割合でやるのは最終の1セットだけ。メインは、効かせ寄りの意識のほうです。
効かせながら重量アップ
──パワーが効かせを上回るセットを最後に入れるのは?
横川 そもそも「効かせるトレーニング=低重量」と考えている人が多いと思うんですけど、それは勘違い……というか、思い込みだと思うんです。実際は「効かせる意識の割合を大きくすればするほど、扱える重量が軽くなっていく」というだけのこと。
──方程式的に思い込んでいる節は、ありそうです。
横川 思い込みのままにダンベルカールを【効かせ10】の意識でやろうとするとき、おそらく選ぶ重量は20㎏くらいかと思います。だけど、それだとボディビルディングとしては軽すぎるんです。重いものを持たなければ、筋肉は大きくなりませんから。
──しかし、高重量ではパワーの意識ばかりが働いてしまいます。
横川 そこで、割合なんです。効かせる意識に少し余白を作り、パワーで上げる意識を差し込む。そうすることで、ボディビルディングに必要な重さも上乗せできるようになります。つまり最後にパワー寄りのセットを入れるのは、効かせ重視で扱える重量を少しずつ上げていくため、です。
──パワー重視で扱っていた重量が効かせ重視で挙げられるようになる、と。
横川 意識の話だから言葉で伝えるのが難しいけど「アッ!」と思う人もいると思うんです。若くてデカくてしっかりトレーニングしている人には、同じ感覚があるんじゃないかな。一応、補足しておくと、RM法の考え方とは全く違います。例えばベンチプレス1RM /100㎏ の人は10RM /80㎏でメニュー構成していくのが一般的ですが、この僕の考えを当てはめると、80㎏ではなく70㎏に落として【パワー4:効かせ6】の意識で全力10回、と構成していきます。
──落とした10㎏が「余白」となるイメージですね。
意識フォーカスが大切な理由
横川 昨今これまで以上にトレーニングに関する情報が溢れ返っています。トップの方も、みんながトレ動画をアップしている。それ自体はいいのですが、受け手サイドで「これをやれば、こういう身体になれる」と短絡的に捉えてしまう人が、残念ながらとても増えているように感じています。
──トレーニングに限らず、効率を求めて、いいとこ取りをしたがる層は一定数いる印象です。
横川 トップの方たちがデカくてかっこいい身体を手に入れるまでには、表から見える努力とは比にならないくらいの影の努力があるわけで。だから、彼らと同じ種目を同じ重量、同じ回数でやっても同じ身体にはなれないんです。なれない理由は身体の違いもあるけれど、一番は積み重ね。その積み重ねも、闇雲にやるのと今回お伝えしたような意識でやるのとでは、大きな差を生みます。
──割合意識のコントロールも、確変に入った先に何が起こるかは積み重ねてきたもの次第ですね。
横川 あらゆる経験の中からいいところを抽出しているのが、情報全てを判断するのは違います。
──ご自身は誰かのトレーニングを参考にしたことはないですか?
横川 昔から「僕は僕」のスタンスなので、誰かの真似はしませんね。身体の使い方、力の入れ方、動作のテンポなどを知識として捉えるだけ、です。
──話を最初に戻しますね。2年間で腕はどう進化しましたか。
横川 頭が3つになりましたけど、今の理想は、うなぎ屋の「う」の字みたいな腕。ギュン!ってしならせたいんです。あと、三頭筋は身体の画角からどんどんはみ出して、その上で垂れてほしいですね。いわゆるボディビル的な「垂れる」ではなくて本腰の垂れを、引き続き求めていきます!