長年、惑星科学者たちは「土星の美しい輪はどのように形成されたのか?」という疑問を抱いてきました。
そして最近、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)地球大気惑星科学科に所属するジャック・ウィズダム氏ら研究チームが行った土星のぐらつきに関する数値シミュレーションにより、「土星の輪」形成の新たな仮説が提出されました。
彼らによると、かつて土星の周りには「クリサリス」という衛星があり、これが崩壊して土星の輪が形成されたというのです。
研究の詳細は、2022年9月15日付の科学誌『Science』に掲載されました。
土星と海王星は以前に共鳴していた
土星の自転軸は現在26.7度に傾いています。
この傾きには、土星から第6衛星「タイタン」、海王星に至るまでの一連の重力作用が影響していると考えられてきました。
実際、土星の歳差運動(自転軸が円を描くようにぐらつく現象)の速度は、海王星の軌道全体がぐらつく速度に非常に似ていると報告されています。
土星の軸はコマのようにぐらついており、太陽をまわる海王星の軌道もフラフープのようにぐらついています。
そして両者のぐらつきがまるで「共鳴」しているかのように似ているというのです。
そこで今回、ウィズダム氏ら研究チームは、土星探査機カッシーニ(2004-2017年運用)から得られた最後のデータを元に、土星の重力場マッピング、惑星内の質量分布のモデル化、慣性モーメントの計算を行い、土星と海王星の共鳴について詳しく調査することにしました。
その結果、土星と海王星のぐらつきは非常に似ているものの、共鳴しているわけではないと分かりました。
しかしウィズダム氏は、「土星と海王星のぐらつきは非常に似ており、偶然ではありえない」と考えています。
そして、「以前は共鳴していたが、何らかの理由により、現在では共鳴しなくなった」という結論に達しました。
では、どんな理由で土星と海王星は共鳴しなくなったのでしょうか?
研究チームは、その原因が土星をまわる衛星にあったと考え、さらなるシミュレーションを実施しました。
「かつて存在していた衛星が土星の輪を形成した」というシナリオ
土星は現在、タイタンを含む多くの衛星をもっています。
そして仮に追加の衛星が存在した場合、これが土星と海王星の共鳴に影響を与える可能性があります。
そこでチームは、「クリサリス(Chrysalis:サナギの意)」と名付けた架空の衛星を追加し、土星にどのような影響を与えるか何百回もシミュレーションしました。
その結果、1つのシナリオが提出されることに。その内容は以下の通りです。
かつて土星の周囲には衛星クリサリスが存在しており、土星は海王星と共鳴していました。
タイタンとも相互作用した結果、土星の自転軸は約36度に傾いていたと考えられます。
ところが約1億6000万年前、クリサリスの軌道が不安定になり、土星に急接近することに。
衛星は、主星から一定の距離(ロッシュ限界)以内に近づくと潮汐力によって崩壊してしまいます。
クリサリスもこれにもれず崩壊。
クリサリスの99%は土星に衝突しましたが、残りの1%は土星の周囲を浮遊したままであり、これが土星の輪を形成したと考えられます。
現在の観測では、土星の輪のほとんどは氷で形成されています。
この点も、クリサリスが氷で覆われていた(実際に太陽系の一部の衛星がそうであるように)と考えれば辻妻が合うというわけです。
そしてクリサリスの崩壊と衝突が、土星と海王星の共鳴を解除し、土星の自転軸の角度も現在の26.7度に変化したと考えられます。
とはいえ、390回のシミュレーションのうち、土星の輪が形成されたのは、たったの17回だけでした。
そのため、「このシナリオが実際に生じた可能性はありますが、今後似たようなイベントが生じることほぼない」と言えるようです。
ちなみに、架空の衛星「クリサリス」の名称は、名前の意味どおり「サナギ」の状態に由来します。
45億年間サナギのように殻に閉じこもっていたクリサリスは、突然、蝶のように美しい土星の輪へと「羽化」したのです。
変容を表す神秘的なシナリオですが、これが事実かどうかは、今後惑星科学者たちによって明らかにされていくでしょう。
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参考文献
A Lost Moon Could Finally Solve The Weird Mystery of Saturn And Its RingsSaturn’s rings and tilt might have come from one missing moon
元論文
Loss of a satellite could explain Saturn’s obliquity and young rings