ヒト脳オルガノイドから「知恵の実」を奪いサル化させることに成功

ヒト脳オルガノイドから「知恵の実」を奪いサル化させることに成功
Credit:Canva

チンパンジー脳オルガノイドでの「知恵の実」遺伝子の効果を確認すると、次に研究者たちは「知恵の実」遺伝子を削除して、ヒト脳オルガノイドがどのように変化するかを調べることにしました。

すると、ヒト脳オルガノイドでは大脳新皮質の幹細胞数が著しく低下し、チンパンジー脳オルガノイドと同じレベルになってしまったことが確認できました。

この結果は「知恵の実」遺伝子ARHGAP11Bが、新皮質の幹細胞数の増加を通してヒトとしての脳を与える役割をした一方で、奪われるたことで新皮質の幹細胞数が減少して脳がサル化してしまったことを示します。

同様のヒト脳オルガノイドのサル化は、ARHGAP11B遺伝子から作られるタンパク質の機能を阻害した場合にも起こりました。

次のページでは以前の研究に基づいて「知恵の実」遺伝子がどのように出現したかを解明します。

「知恵の実」遺伝子は平凡な経緯で誕生した

「知恵の実」遺伝子は平凡な経緯で誕生した
脳容積の変化を示したもの。1度目の変異(500万年前)はチンパンジーとの分岐時に起き、2番目の変異(150~50万年前)は類人猿からヒトになる過程で起きた。2回目の新しい変化は脳容積を加速度的に増加させた/Credit:MartaFlorio et al . Human-specific genomic signatures of neocortical expansion(2022) . Neurobioligy

「知恵の実」という字面から、神秘的な出自やウイルス感染による劇的な遺伝子変化を期待するかもしれません。

しかしこれまで行われた遺伝解析により、ARHGAP11B遺伝子は、わりとありふれた経緯で誕生していたことが判明します。

まず最初にARHGAP11B遺伝子の原型(旧ARHGAP11B)はヒトとチンパンジーが枝分かれした500万年前に出現したと考えられます。

この時点の旧ARHGAP11Bは「知恵の実」遺伝子としてはまだ不完全であり、現在の私たち人間がもっているものとは異なります。

しかし約150~50万年前、さらにもう一度、突然変異が発生し遺伝文字が1文字だけ(シトシンからグアニンへ)変化して、リーディングフレームがシフトして47の新たなアミノ酸配列が生じ、現在のARHGAP11Bが誕生しました。

私たちホモ・サピエンスの登場はおよそ40万年前と考えられており、150~50万年前に起きたARHGAP11Bの変異は、上の図のように、脳容量を爆発的に増加させ、人間を人間らしくする最後の一押しになった可能性があります。

このように「知恵の実」の効果は神話のように1口で獲得できたのではなく、ベースとなる遺伝子の存在と突然変異による大規模な新規アミノ酸配列の追加という、かなりありふれた経緯を経て、現在の私たちに引き継がれているのです。

(※ただ、たまたま発生した突然変異(リーディングフレームのシフト)の先に脳を巨大化させる効果をもった配列が運よく用意されていたという、偶然の向こうの偶然が起きたのは、興味深いと言えるでしょう。この偶然の2段重ねが存在しない限り、ヒトは巨大な脳をもてなかった可能性があります)

参考文献

The Gene to Which We Owe Our Big Brain

元論文

Human-specific ARHGAP11B ensures human-like basal progenitor levels in hominid cerebral organoids