岐阜県や静岡県では毎年、梅雨時期になると、体長2ミリほどのコバエが大量発生し、衛生上の問題となっています。

この現象は1997年頃からすでに20年以上にわたって続いていますが、そのコバエの正体はよくわかっていませんでした。

しかし今回、国立研究開発法人 森林研究・整備機構(森林総研)およびドイツ昆虫学研究所(SDEI)の共同研究により、長年人々を悩ませてきたこのコバエが、実は”科学的に未記載の新種”だったことが判明しました。

研究チームは、正式な学名を「ハイパーラジオン・ブレヴィアンテナ(Hyperlasion breviantenna)」、国内用の和名を「シズオカコヒゲクロバネキノコバエ」として発表しています。

研究の詳細は、2022年7月25日付で科学雑誌『Zootaxa』に掲載されました。

遺伝子や形態の特徴から「新種」と特定!

本種は、クロバネキノコバエ科(Sciaridae)の1種で、以下のような姿をしています。

左がオス、右がメスです。

シズオカコヒゲクロバネキノコバエ(学名:Hyperlasion breviantenna)として記載
Credit: 森林研究・整備機構 – 梅雨どきに大量発生するコバエは新種だった(2022)

キノコバエ科は、シイタケなどを食べる害虫として知られますが、本種が農作物を食害することはありません。

ただし、体長2ミリ前後と非常に小さいため、窓を閉めていても、網戸やサッシをすり抜けて屋内に侵入したり、屋外でも体にまとわりついたり、洗濯物に付着したりします。

そのため、梅雨時期になると住民からの苦情や相談が自治体に寄せられ、新聞等のメディアも大量発生による被害を多数報じています。

岐阜県では、公的予算を投じてコバエの調査をし、自治体のホームページにコバエに関する情報を掲載したり、住民に注意を促すなどの取り組みを行ってきました。

それでも、本種の生態について科学的にわかっていることは限られたままです。

まず、本種は梅雨時期になると、森林林床や花壇、野積みされた腐葉土から大量発生します。

成虫の発生は、晴れた日の早朝〜正午までで、その日のうちに死滅するという。

発生した成虫のほとんどは、メスの個体であることが観察されています。

また、静岡県で発生したコバエは、2014年に「シズオカコヒゲクロバネキノコバエ」という和名が付けられましたが、世界で共有できる正式な学名は付けられていません。

さらに、岐阜県で近年問題となっているコバエが、静岡のシズオカコヒゲと同種であるかどうかも未確認のままでした。

大量発生したコバエが屋内に侵入した様子
Credit: 森林研究・整備機構 – 梅雨どきに大量発生するコバエは新種だった(2022)

そこで研究チームは、静岡県、岐阜県、福岡県で大量発生したコバエの標本を集め、形態や遺伝情報を解析。

その結果、メスの触覚が短いなど、これまでに国内外のクロバネキノコバエ類で知られていなかった特徴を多く持つ新種であることが特定されました。

加えて、遺伝情報のデータから、本種とほぼ同じ遺伝子をもつコバエが、学名不明の種としてオーストラリアの生物データベースに登録されていたことが判明しています。

チームは、新種の学名を「ハイパーラジオン・ブレヴィアンテナ(Hyperlasion breviantenna)」として正式に記載。

種小名の「breviantenna」は、ラテン語で「短い」を意味するbrevisと、「触角」を意味するantennaから取っています。

和名には、すでに静岡で採用されていた「シズオカコヒゲクロバネキノコバエ」をそのまま適用することに決定しました。

ちなみに、ハイパーラジオン(Hyperlasion)属のコバエは、ヨーロッパ、アフリカ、中米、オーストラリア、太平洋の諸島にも分布していますが、アジア圏ではこれまで記録がなかったとのことです。

「学名」が付いたことで、研究成果を共有できる

正式な学名が付いたことで、本種に関する研究成果を国内外で広く共有することが可能になりました。

日本国内ではまず、本種の詳しい生態の解明と、防除技術の開発が望まれます。

たとえば、本種の天敵や幼虫の生息場所がわかれば、防除の方法や場所を確立することができるでしょう。

これにより、毎年のコバエ被害の拡大防止や警戒手段の開発が期待されます。

参考文献

梅雨どきに大量発生するコバエは新種だった

元論文

A new species of Hyperlasion Schmitz (Diptera: Sciaridae), causing periodic outbreaks in Japan