この夏、防衛研究所(防衛省)の年次報告書「東アジア戦略概観」(2022年版)の別冊として刊行された『ウクライナ戦争の衝撃』(インターブックス・防研サイトでも公開)という書籍のタイトルに込めた含意ついて、防衛研究所の増田雅之室長(政治・法制研究室)は、同書「まえがき」で、以下の三点を挙げる。

「ロシアの軍事侵攻が国際秩序の根幹を揺るがしたという衝撃」
「ウクライナ戦争のエスカレーションの可能性」
「戦争における非人道的な行為についての衝撃」

いずれも重大な衝撃だが、あえて、さらに言えば、それらが日本に与えた衝撃も大きい。その明白な事例こそ、このたびの参議院議員通常選挙(参院選)であろう。

参院選結果:「自衛隊」について主権者が下した審判
twinsterphoto/iStock(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

7月10日、投開票された参院選は事前の予想どおり、与党が大勝した。自民党は選挙区で45、比例代表で18、合わせて63議席を獲得。単独で改選議席125の過半数を確保し、大勝した。

憲法改正に前向きな自民・公明両党と、日本維新の会、国民民主党の四党の獲得議席は93議席となり、非改選の議席を合わせ、憲法改正の発議に必要な参議院全体の3分の2の議席を上回った。

他方、野党第一党の立憲民主党は、改選前の23議席を下回り、17議席にとどまった。日本維新の会は、比例代表で8議席を獲得し、立憲民主党を上回り、選挙区の4議席とあわせて12議席となり、改選前の2倍に伸ばした。

こうした選挙結果をもたらした理由は容易に想像がつく。ひとつは、安倍晋三・元総理を標的とした卑劣な銃撃事件の影響に違いない。もうひとつは、間違いなく、ウクライナ情勢の影響であろう。

選挙中に報道された「選挙の争点」にも、それがあらわれた。以下は、NHKが選挙期間中に、候補者アンケートをもとに参議院選挙の争点を読み解き、ニュース番組で放送した「選挙の争点」である。

  1. 外交・安全保障
  2. 憲法
  3. 経済・財政

NHKは加えて、投開票日朝の番組でも「物価高騰対策や防衛力の在り方をはじめとする外交・安全保障政策などが争点となった」と報じた。

これまでは主に経済分野が争点とされてきたが、有権者の関心は大きく様変わりした。それも具体的には、防衛費の増額や憲法改正(「自衛隊」の明記)の是非など、自衛隊をめぐる分野が主要な争点となった。その結果、たとえば、憲法典に「自衛隊」を明記する案に積極的な自民や維新が議席数を伸ばし、消極的な(または反対した)与野党が議席を減らした。

これまでは主に経済分野が争点とされてきたが、有権者の関心は大きく様変わりした。これこそ、ウクライナの衝撃がもたらした変化と言えよう。

この夏の参院選で、自由民主党(自民党)が掲げた「選挙公約」(と「政策パンフレット」)に、「国防力を抜本的に強化する」と題して、以下の六項目が明記された。

・国家安全保障戦略を改定し、新たに国家防衛戦略、防衛力整備計画を策定します。
・NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します。
・最先端技術を駆使した“戦い方”の変化に応じた能力強化と態勢構築を進めます。
・弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処します。
・防衛生産・技術基盤の維持・強化のため、より踏み込んだ取組みを推進します。
・自衛隊員の処遇等の向上に取り組みます。

他方、日本維新の会も「参院選2022マニフェスト」に、こう明記した。

防衛費のGDP比1%枠を撤廃し、まずはGDP比2%を一つの目安として増額することを目指し、他国からの武力による侵略や、テロ、サイバー攻撃、宇宙空間に対する防衛体制を総合的に強化し、国民の生命と財産を真に守れる「積極防衛能力」の整備を図ります。あわせて自衛隊員の待遇を抜本的に改善し、任務に応じた危険手当を創設するなど、自衛隊及び隊員の地位向上を実現し、必要に応じた増員を行います。

維新はあわせて、「憲法第9条については、平和主義・戦争放棄を堅持した上で、自衛隊を明確に規定します。」とも明記した。

同様に、自民党も「憲法改正を早期に実現する」と題して、こう明記した。

「自民党は現在、改正の条文イメージとして、①自衛隊の明記、②緊急事態対応、③合区解消・地方公共団体、④教育充実の4項目を提示しています。国民の皆様の幅広いご理解を得るため、全国各地で対話集会などを積極的に開催し、憲法改正の必要性を丁寧に説明していきます。」(傍線・潮)

まずはGDP比2%を一つの目安として、防衛費を増額する。自衛隊員の処遇を改善するとともに、憲法典に「自衛隊」を明記する。それが今回、主権者が下した審判と言えよう。

蛇足ながら、それは安倍晋三・元総理の遺志でもある。

文・潮 匡人

文・潮 匡人/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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