厚生年金保険に“44年以上”加入した場合には、「長期加入者特例」と呼ばれる制度が用意されている。60歳から64歳に受給する「特別支給の老齢厚生年金」について、受け取れる金額が上乗せされる特例だが、あまり知られていない。

「特別支給の老齢厚生年金」を受給し始めたばかりの人や間もなく受給開始となる予定の人で、厚生年金保険の加入期間が44年に達する可能性がある人は、受給金額に大きく影響するため、一度、この特例の詳細を確かめておきたい。

特に中学校または高等学校を卒業後、ずっと継続して会社員として働き続けてきた場合は、この“44年以上”の条件に該当する可能性が高い(本稿は2018年5月を基準として年齢や法令等を記載)。

そもそも特別支給の老齢厚生年金とは

厚生年金保険の加入期間が44年以上になった場合の特例(以下、長期加入者特例)は、特別支給の老齢厚生年金に対するものである。まずは特別支給の老齢厚生年金について概要を把握する必要がある。

2000年の法令改正により、老齢厚生年金の受給開始は60歳から65歳へと引き上げられた。だが、支給開始年齢を段階的に、スムーズに引き上げるために暫定的な措置として、60歳から64歳までの間に受給できる「特別支給の老齢厚生年金」の制度が作られた。

この特別支給の老齢厚生年金は、具体的に以下の条件に当てはまる場合に支給される。

・男性の場合、昭和1961年4月1日以前(第1号厚生年金被保険者の女性の場合、1966年4月1日以前)に生まれたこと
・老齢基礎年金の受給資格期間(10年)があること
・厚生年金保険等に1年以上加入していたこと
・60歳以上であること

なお、特別支給の老齢厚生年金は、65歳以降に受け取れる老齢厚生年金を前倒しして60代前半から受給開始する「繰り上げ受給」とは別の制度であるので注意したい。

特別支給の老齢厚生年金には「報酬比例部分」と「定額部分」がある

60歳から64歳までの間に受給できる特別支給の老齢厚生年金の支給金額の内訳には、主に「報酬比例部分」と「定額部分」の2つがある。「報酬比例部分」とは、厚生年金保険の加入期間の長さと加入期間中の給料等によって金額が計算されるものである。一方、「定額部分」は厚生年金保険の被保険者期間の長さに応じて計算されるものだ。なお、特別支給の老齢厚生年金の支給の条件には「60歳以上であること」が含まれるが、支給開始の年齢は生年月日や性別等によって違う。

報酬比例部分の支給開始年齢は男性の場合は次のようになる。

・1953年4月1日以前生まれ 60歳
・1953年4月2日~1955年4月1日生まれ  61歳
・1955年4月2日~1957年4月1日生まれ  62歳
・1957年4月2日~1959年4月1日生まれ  63歳
・1959年4月2日~1961年4月1日生まれ  64歳

※第1号厚生年金被保険者の女性の場合は生年月日に5年プラスする

特別支給の老齢厚生年金の「定額部分」の支給開始年齢

定額部分の支給開始年齢も報酬比例部分と同様に生年月日や性別等によって違ってくる。

・1941年4月1日以前生まれ 60歳
・1941年4月2日~1943年4月1日生まれ  61歳
・1943年4月2日~1945年4月1日生まれ  62歳
・1945年4月2日~1947年4月1日生まれ  63歳
・1947年4月2日~1949年4月1日生まれ  64歳

※第1号厚生年金被保険者の女性の場合は生年月日に5年プラスする

定額部分の支給開始年齢は報酬比例部分と異なる点に注意したい。男性の場合1949年4月2日以後の生年月日となる人には、特別支給の老齢厚生年金の定額部分は支給されない。つまり、定額部分の受給資格に適う最も若い男性は1949年4月1日に生まれた人であり、この生年月日で生まれた人は、すでに69歳になっており、定額部分がこれから支給対象になる男性は原則として存在しない。

一方、女性の場合、報酬比例部分と同様だが、男性とは生年月日による判定が5年ずれているため、1954年4月2日以後に生まれた人には定額部分が支給されない。現時点では64歳で定額部分が支給される人が残っている。

このように、今後の定額部分の支給は一部の女性のみが支給対象となるので、これから特別支給の老齢厚生年金の支給が始まる人は、ほとんどが「報酬比例部分」のみを受給することになる。

44年の特例「長期加入者特例」とは何か?

特別支給の老齢厚生年金が把握できたところで、長期加入者特例の詳細を考える。この特例は、特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分のみ受け取れる受給者に対して、厚生年金保険の加入期間が44年以上となれば、定額部分も同時に支給を受けることができるというものだ。具体的には以下の条件を満たす必要がある。

・特別支給の老齢厚生年金の比例報酬部分が受給開始年齢に達している
・厚生年金保険の加入期間が44年(528月)以上(共済組合等の加入期間を除く)
・厚生年金保険の被保険者資格を喪失(退職)している

例えば、1955年11月生まれの男性の場合、老齢厚生年金の支給開始年齢は、62歳からで特別支給の報酬比例部分が受け取れる。定額部分の支給はない。しかし、長期加入者特例を適用できれば、62歳から定額部分と報酬比例部分の合計額が支給されることとなる。

長期加入者特例の注意点

44年にわたって厚生年金保険の加入者として勤務してきた場合に、長期加入者特例が適用される可能性がある。しかし、注意しなければならない点もある。

まずは、44年以上という加入期間であるが、厚生年金保険のみが対象となっている。共済組合等に加入していた期間は通算されない。公務員等として働いたことがある人は注意が必要だろう。

もう一つは、長期加入者特例の条件に「厚生年金保険の被保険者資格を喪失」が含まれていることだ。つまり、通常の会社員として働き続けて厚生年金の被保険者である間は、長期加入者特例は適用されず、特別支給の老齢厚生年金の「定額部分」は支払われない。44年以上の加入条件を満たしても、会社を退職するか、厚生年金保険の対象とならないほどに所定労働時間を減らす等の労働条件の変更をしなければ、長期加入者特例は適用されない。

増額されるかもしれない金額は?

長期加入者特例が適用される場合、報酬比例部分に加えて定額部分が支給されることになるが、定額部分はどれほどの金額になるのだろうか。特別支給の老齢厚生年金の定額部分は以下の計算式によって計算される。

1,625円×生年月日に応じた料率(※1)×被保険者期間の月数(※2)
※1「生年月日に応じた料率」は1946年4月2日以降に生まれた人は1.000を用いる
※2「被保険者期間の月数」の上限は480月

先に説明した62歳から報酬比例部分の支給が開始される1955年11月生まれの男性の場合を当てはめて考える。この男性に長期加入者特例を適用すると、定額部分として年間でどれほどもらえるのだろうか。「被保険者期間の月数」は上限が決められており、44年(528月)の期間があっても上限の40年(480月)で計算する。以下の通り、年額78万100円を受け取れることがわかる。

1,626円 × 1.000 × 480 = 78万100円

62歳から特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分に加えて、定額部分を受け取ることができるのなら、65歳に到達するまでの3年間の間で234万300円(78万100円×3年間)も受給金額が増えたことになる。

なお、この年額78万100円に加えて、条件を満たす場合には65歳未満の妻などに対する加給年金額が支給されることもある。もし、加給年金額も支給されるのであれば、長期加入者特例を適用することにより、定額部分と合わせて年額約100万円も支給額が増える。

65歳になると通常の老齢厚生年金の支給が開始されるので、長期加入者特例が適用されるのは、64歳までの間の数年間である。だが、かなりの金額が増える可能性があることを覚えておきたい。

どんな人が特例の対象となり得るか

長期加入者特例はどんな人が対象となり得るのか。厚生年金保険の加入期間が44年以上となるのは簡単なことではない。例えば、大学を卒業して22歳から会社員として勤めあげたとしても、44年経つと66歳になる。加入期間が44年以上となる前に、通常の老齢厚生年金の受給開始年齢の65歳に達してしまう。

可能性が高いのは、中学や高校を卒業して10代で会社勤めを始め、厚生年金保険に加入し続けてきた人だ。中学卒業と同時に就職し働き続ければ60歳までに44年以上の加入期間となる可能性がある。また、高校卒業と同時に就職し働き続けた人であれば、63歳程度まで働くことにより44年以上という加入期間の条件を満たす可能性がある。

退職後の生活設計に活かすために

長期加入者特例は、年金をもらえる金額に大きく影響する。事前に知っておけば、退職後の生活設計に役だつだろう。例えば、60歳から特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分の受給が開始される人で、60歳で厚生年金保険の加入期間が44年に到達するようであれば、60歳で退職し働くのを止める選択肢も出てくるだろう。

60歳以降に44年以上の条件を満たす可能性がある場合は、60歳以降も働き続けることで長期加入者特例の対象となるように、厚生年金保険の加入期間が44年以上になるまで働くという目標を立てるというのも一つのやり方だろう。この場合、必ずしも同じ職場で働き続ける必要はない。パートやアルバイトでも厚生年金保険の加入者として働き続ければ、加入期間として計算される。必ずしもフルタイムで働き続ける必要がないことも覚えておきたい。

また、長期加入者特例が適用されれば、必ず良い結果になると言い切れないこともある。例えば、60歳で定年退職後、再就職して64歳で44年以上の条件を満たした場合、長期加入者特例を適用し定額部分の受給を開始するためには、再就職した仕事をそれまでと同じように続けることはできない。注意点として上述したが、長期加入者特例を適用するには、厚生年金保険の被保険者資格を喪失しなければならない。仕事を続けたい人の場合、年金をもらうためだけに今ある仕事を辞める(または、厚生年金保険の適用にならない仕事に変える)のは矛盾を感じるかもしれない。65歳以降も同じ仕事を続けていこうと考えていた人は、64歳の1年間だけの長期加入者特例のために仕事を辞めるべきなのか、自身の老後設計に合わせて考える必要がある。

文・潮見孝幸(金融ライター)/ZUU online

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