私たちは、世界的な大ヒットソングが誕生したり、特定のお菓子が国を超えて流行したりするのを見てきました。
それらが根強く定着することで、新たな音楽文化・食文化が生まれることさえあるでしょう。
実は、ザトウクジラたちも同様の流行や文化的な広がりを経験しています。
イギリスのセント・アンドルーズ大学(University of St Andrews)生物学部に所属するエレン・ガーランド氏ら研究チームが、ザトウクジラの歌が太平洋を横断して広がっていることを発見したのです。
オーストラリアから徐々に広がり、今ではポリネシアやエクアドルでも同じ歌が歌われています。
研究の詳細は、2022年8月31日付の学術誌『Royal Society Open Science』に掲載されました。
「ザトウクジラの歌」は海域ごとに異なる
ザトウクジラを代表とする特定の種は、「クジラの歌」を歌うことで知られています。
この歌は、私たちの知る音楽や言語のように複雑な構造で成り立っています。
まず、「ユニット(unit)」と呼ばれる短い音を組み合わせた「フレーズ(phrase)」があります。
次に、複数のフレーズが組み合わさって、1つの「テーマ(theme)」がつくられます。
最後に、いくつかのテーマが組み合わさることで1つの「歌」が完成するのです。
クジラが歌う理由は明らかになっていませんが、交配期にオスが歌うことから、研究者たちは「パートナーを選択するのに役立つ」と考えています。
ザトウクジラのオスは最大30分間も歌い続けることさえあるのだとか。
そしてザトウクジラの群れは、繁殖地ごとにほぼ同じ歌を歌うことも知られています。
しかし時には、ユニットを少し変化させて、歌をアレンジすることもあるようです。
新しいフレーズを追加したり、テーマを切り取ったりすることさえあります。
またクジラたちは、近くの群れの歌を真似することもあります。
これにより、ある繁殖地から別の繁殖地へとクジラの歌が流行していくのです。
オーストラリアの歌が1万4000km離れたエクアドルに伝わる

1996年、オーストラリア・クイーンズランド大学(The University of Queensland)に所属する海洋生物学者マイケル・ノアド氏ら研究チームは、オーストラリア東海岸のある群れが、「地元の歌」から「オーストラリア西海岸の歌」に乗り換えたことに気づきました。
そして2年後、東海岸の全ての群れは「西海岸の歌」を歌っていました。
では、オーストラリア西海岸の歌はどこまで広がるのでしょうか?
ガーランド氏ら研究チームは、2016年から2018年にかけて、太平洋のさまざまな水域でザトウクジラの歌を録音し、ノアド氏が発見した「オーストラリアの歌」と比較することにしました。
その結果、オーストラリアの歌と同じテーマが、オーストラリア東海岸から約6000kmも離れたポリネシア付近の群れでも歌われていると判明。
しかも最終的には、太平洋を越えて8000km離れたエクアドル近海でも、同様のテーマが歌われていたのです。

調査によると、2016~2017年の間、ポリネシアとエクアドルでは全く異なる歌が歌われていました。
つまり、オーストラリアの歌は合計1万4000kmもの距離を伝わっていき、世界的な大流行を引き起こしたのです。
世界地図を見ても分かる通り、この歌は南半球を西から東へと伝わっています。
そのため研究チームは、「今後、南半球を一周する可能性がある」とも指摘。
またガーランド氏は、「これほどの急速な文化的変化(歌の流行)は、他の動物種では見られないこと」だと述べており、今回の研究結果が、クジラの歌の伝達メカニズムを解明するに役立つと考えています。
もしかしたらクジラは、インターネットや電話なしの人間よりも、はるかに流行に敏感で、コミュニケーションや伝達が上手なのかもしれませんね。
参考文献
Humpback Whale Songs Travel 9,000 Miles Across the Pacific Ocean, Suggesting Remarkable Cultural Evolution Humpback Whales Pass Their Songs Across Oceans元論文
Humpback whale song revolutions continue to spread from the central into the eastern South Pacific