ヒトの体内には、数えきれないほどの「共生細菌」が住み着いており、健康面で大きな役割を果たしています。

それは昆虫も同じです。

しかし、昆虫の中には、私たちのように単に大きくなるのではなく、「幼虫→蛹→成虫」と体を極端に変態させる種がいます。

とくに、蛹の段になると、体が一度ドロドロに溶けてしまいます。

とすると、幼虫に住み着いていた共生細菌はどうなるのでしょう?

幼虫と一緒に溶けてしまうのでしょうか?

独ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ(JGU)を中心とする国際研究チームは、この謎を解くために、ゴミムシダマシ科の甲虫「ラグリア・ビロサ(Lagria villosa)」の変態プロセスを詳しく観察。

その結果、驚くべき事実が判明しました。

なんと本種の幼虫は、背中に共生細菌をかくまうための”ポケット”を持っており、蛹の間も、その中で細菌を保護していたのです。

研究の詳細は、2022年8月30日付で科学雑誌『Frontiers in Physiology』に掲載されています。

背中のポケットで「共生細菌」を匿う

ラグリア・ビロサ(以下、L. ビロサ)には、多種多様な細菌が共生していますが、中でも「バークホルデリア(Burkholderia )属」の細菌は、繁殖の成功にとって絶対に欠かせません。

L. ビロサの卵や幼虫は、感染症に対して脆弱です。

そこでメスの母親は、卵巣近くの腺からバークホルデリアを放出して、産んだばかりの卵に塗りつけます。

バークホルデリアは、抗菌作用を持つポリケチド化合物を生成するため、卵や幼虫の感染症を防いでくれるのです。

ところが、その共生関係が進むうちに、バークホルデリアは、L. ビロサの中で安楽な生活を送ることに慣れてしまい、自発的に動く能力を失ってしまったのです。

運動するための遺伝子や細胞構造も今ではほとんど失われており、自らの生存もL. ビロサに依存しています。

そこで研究チームは、動けなくなったバークホルデリアが、L. ビロサの変態中にどのような運命をたどるのかを追跡しました。

「ラグリア・ビロサ」の成虫
Credit: RS Ranke – Beetles rely on unique ‘back pockets’ to keep bacterial symbionts safe during metamorphosis(phys, 2022)

まず、母親によって卵に塗布されたバークホルデリアは、約6日の間、卵の表面に露出したまま、卵にとって有害なバクテリアや菌類を撃退し続けます。

そして、幼虫が孵化すると、バークホルデリアは、幼虫の背中にある3つのヒダの中に集められるのです。

ヒダはまるでポケットのように機能し、バークホルデリアを保護していました。

また、研究者によると、ヒダにある腺細胞の分泌物がバークホルデリアの栄養源になっているといいます。

さらに、この背中のポケットは、幼虫が蛹に変態する中でも維持されていました。

蛹化する過程で、外皮がどんどん固くなるのですが、ヒダの形は残され、その中にバークホルデリアも匿われていたのです。

このとき、蛹の中身からバークホルデリアは検出されなかったため、体内には移動していないことが確認されています。

その後、L. ビロサは成虫として羽化を開始しますが、不思議なことに、ヒダ中のバークホルデリアは、成虫の腹部先端(生殖器部分)にそっくりそのまま移動していたのです。

チームはこれを検証すべく、バークホルデリアと同サイズ(幅1.0μm)のポリスチレン製蛍光ビーズを発育中の蛹に付着させ、脱皮時の移動プロセスを可視化しました。

すると、ほとんどのビーズが、蛹の脱皮線に沿って後方に移動し、最終的には、成虫の腹部先端に集まったのです。

脱皮線に沿って蛍光ビーズが腹部先端に移動するのを確認
Credit: Rebekka Janke et al., Frontiers in Physiology(2022)

しかし、これと並行して、興味深い事実も発見されました。

それは、ここまで述べてきた変態中のバークホルデリアの保護と移動が、メスでしか見られなかったことです。

そもそも幼虫の段階で、背中のヒダの大きさがオスでは小さく、バークホルデリアの数もメスよりずっと少なくなっていました。

さらに、その傾向は蛹の段階でより顕著になり、オスの蛹には、もはやヒダのポケット部分がほぼなくなり、バークホルデリアも激減していたのです。

こちらの図を見れば、それがよくわかります。

左上:メス幼虫のヒダ、右上:オス幼虫のヒダ、左下:メス蛹のヒダ、右下:オス蛹のヒダ(赤点がバークホルデリア)
Credit: Rebekka Janke et al., Frontiers in Physiology(2022)

研究者いわく、これはバークホルデリアが主に、卵を感染症から守ることに特化しているからです。

考えてみれば、バークホルデリアが背中のポケットに入った時点で、幼虫や蛹の健康維持のためにはほとんど働かなくなります。

次にバークホルデリアが必要となるのは、メス親が卵に塗布するときです。

これを踏まえると、なぜバークホルデリアがオスで少なく、メスで多いのかが理解できるでしょう。

研究主任の一人で、コペンハーゲン大学(University of Copenhagen)のラウラ・フローレス(Laura Flórez)氏は「成虫の段階でバークホルデリアを保持しておく目的は、次の世代への受け渡しを成功させるためでしょう」と説明します。

また、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツのレベッカ・ヤンケ(Rebekka Janke)氏は「バークホルデリアの生物学的な重要性が、宿主をして、変態時に細菌を保護するための構造(ポケット)を進化させた可能性が高い」と述べています。

共生細菌は、子孫繁栄を願って受け継がれる”贈りもの”だったようです。

参考文献

Beetles Have A Clever Way to Keep Symbiotes Safe During Their Metamorphic Contortions Beetles rely on unique ‘back pockets’ to keep bacterial symbionts safe during metamorphosis

元論文

Morphological adaptation for ectosymbiont maintenance and transmission during metamorphosis in Lagria beetles