過食性障害(BED:Binge eating disorder)とは、衝動的にたくさん食べてしまう症状であり、「むちゃ食い障害」とも呼ばれます。
一般的な「食べ過ぎ」とは異なり、どうしても我慢できず、満腹になっても食べるのを止められません。
最近、アメリカ・ペンシルベニア大学(The University of Pennsylvania)ペレルマン医学部に所属するケイシー・ハルパーン氏ら研究チームは、BED患者の脳に小さなデバイスを埋め込んで刺激を与えることで、過食の頻度を大きく減少させることに成功しました。
研究の詳細は、2022年8月29日付の学術誌『Nature Medicine』に掲載されています。
過食性障害の患者を救うための研究
過食性障害(BED)は、一般的に嘔吐を伴なわない「頻繁な過食」を特徴とします。
自分で食欲をコントロールできず、猛スピードで、空腹・満腹に関係なく食べ続けてしまうのです。
BED患者は過度な肥満により身体的健康を損なうだけでなく、過食後の後悔によって精神的健康も損なってしまいます。
こうした問題を解決する1つのアプローチとして、ハルパーン氏ら研究チームは、食欲を抑制する「脳インプラント」を研究してきました。
脳に小型デバイスを埋め込み、刺激を与えることで過度な食欲を抑制しようというのです。
そして2017年の研究では、側坐核(そくざかく:前脳にある報酬・快感・嗜癖などに関係する神経細胞の集団)の活動と過食に関連性が見られました。
「側坐核における低周波の活動」が暴食の直前に活発になっていたのです。
この特徴的な活動は、通常の食欲・食事では見られないものです。
次に、マウスの側坐核を刺激したところ、通常であればむさぼるように食べる高カロリー食品の摂取量が大幅に減りました。
そこで研究チームは、この結果を踏まえて、ヒトを対象にした側坐核の刺激実験を行うことにしました。
脳インプラントによる電気刺激で人間の過食を抑えることに成功
今回チームは、ヒトに対して前回と同じ方法・装置を用いました。
重度肥満の過食性障害(BED)患者2人に脳インプラントを埋め込み、6カ月の間、側坐核の活動を記録したのです。
患者たちは自宅で日常生活を送り、過食したときの様子・時間を自己申告しました。
また時折、実験室でファーストフードやキャンディーなど、自分の好きな食べ物をビュッフェ形式で食べてもらい、その様子を撮影。
その結果、先行研究と同様、過食してしまう数秒前に患者の側坐核に特徴的な低周波信号が発生すると判明しました。
次にチームは、過食に関係する低周波信号が発生するたびに、脳インプラントが自動的に作動し、刺激を与えるようにしました。
脳インプラントで高周波の電気刺激を与え、過食の低周波信号に対処したのです。
その結果、患者たちは6カ月の間に過食の頻度が急激に減少し、「制御できないほどの食欲」もかなり少なくなりました。
体重も約5kg以上減少したとのこと。
1人の被験者においては、もはや過食症とは言えないレベルにまで症状が改善したようです。
研究チームは、「重大な副作用はなかった」と主張しています。
しかし、今回の研究に参加していないイギリス・ヨーク大学(University of York)に所属する精神衛生学者アレクサンドラ・パイク氏は、この研究を「将来有望」としつつも、次のように懸念しています。
「現在の装置は、実際の食事体験以外でも、患者の脳に1日何百回と刺激を送っています。
つまり、検出された脳活動のパターンは、患者が過食している時以外にも、患者が起きている時間帯の50~60%の頻度で発生していると考えられます。
現在の設定では、おそらく必要以上に脳に刺激を与えてしまっています」
過食を抑えることができたのは事実ですが、より多くの検証と調整が必要なのかもしれませんね。
ハルパーン氏ら研究チームは現在、さらに6カ月間の実験を続けており、将来の大規模実験を行うための準備を進めています。
参考文献
Deep Brain Stimulation Shows Promise Against Binge Eating Disorder, Penn Research Finds
World-first study tests brain implants in humans to stop binge eating
元論文
Pilot study of responsive nucleus accumbens deep brain stimulation for loss-of-control eating