人間の世界では、「女王」に即位できれば、寿命が300歳まで延びるなんてことはあり得ません。

ところが、アリの世界では、これが実際に起こります。

たとえば、寿命7カ月の働きアリが、女王アリに繰り上がった途端、寿命が4年まで延びるのです。

これは昆虫学者にとって、神秘的かつ謎めいた問題でした。

しかしこのほど、米ニューヨーク大学(New York University)の研究により、ついにこの謎が解き明かされたようです。

それによると、女王になったアリは、「繁殖」のためのインスリン経路を活性化する一方で、老化の原因となる別のインスリン経路をブロックし、「寿命」を伸ばしていたという。

この結果は、自然界に見られる「繁殖」と「寿命」のトレードオフ関係に逆らうものです。

研究の詳細は、2022年9月1日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。

ふつうは「繁殖力」が高まると「寿命」は縮むのだが…

自然界において、子孫を多く残すことは、寿命の短縮につながります。

それには、摂取した食物をエネルギーに変換する「インスリン」が関係しています。

具体的に言うと、繁殖は多大なエネルギーを消費するため、通常より多くの食物を必要とし、結果的にインスリンの分泌レベルが上昇します。

ところが、インスリンは、老化の促進にも大きく関係しているため、繁殖に必要なインスリンシグナル伝達経路が活性化するほど、寿命は短くなるのです。

これに対して、食事制限はインスリンレベルを抑えるので、寿命を延ばすと考えられており、実際に「断食がアンチエイジングに効く」という研究結果も報告されています。

このように、生物の繁殖力と寿命は「トレードオフ」の関係にあり、つまりは、どちらか一方を手に入れたいなら、もう一方を犠牲にしなければなりません。

ところが、このトレードオフ関係においてまったくの例外が存在します。それがアリです。

本研究で対象とした「インドクワガタアリ」
Credit: Hua Yan/NYU – Anti-insulin Protein Linked to Longevity and Reproduction in Ants(2022)

女王に昇格すると、寿命が7カ月から4年に

女王アリは、コロニー全体の繁殖(産卵)を一手に引き受けながら、どの働きアリよりもはるかに長生きします。

たとえば、トビイロケアリ(Lasius niger)では、不妊の働きアリが1年ほどしか生きられないのに対し、女王アリは100万個の卵を産みながら、30年も生き永らえるのです。

また、本研究の調査対象となった「インドクワガタアリ(Harpegnathos saltator)」は、女王アリが4〜5年生きるのに対し、働きアリはわずか7カ月しか生きられません。

これは、繁殖と寿命のトレードオフ関係に反するものです。

それと別に、インドクワガタアリのコロニーでは、女王が死ぬと、後継の座をかけて、メスの働きアリたちが触覚でつつき合って決闘するという奇妙な現象が起こります。

こちらが決闘の様子。

そして、このバトルロイヤルに勝利した者が、働きアリの小さな体のまま、カースト(階級)を繰り上げるのです。

働きアリから昇格した女王を「ガマゲイト(擬似女王、gamergate)」と呼びます。

驚くことに、ガマゲイトになったアリは、産卵が可能になると同時に、寿命も7カ月から4年へと大幅に延びるのです。

さらに不思議なことに、ガマゲイトが別の女王に交代すると(たとえば、正式な女王がいるコロニーの中に入れると)、産卵もできず、寿命も短い働きアリに逆戻りするのです。

この可逆的な身分変化を「カーストスイッチング(caste switching)」と呼びます。

そこで研究チームは、これらのインドクワガタアリを対象に、繁殖力と寿命を同時に向上させる秘密を探りました。