キリギリス科の一種である「プロファランゴプシス・オブスキュラ(Prophalangopsis obscura)」は、150年ほど前にオスが1匹捕獲されて以来、種として行方不明になっています。
2005年に一度、2匹の野生個体が見つかったと報告されましたが、どちらもメスであり、同一種なのか、単なる近縁種なのかが判断できません。
そのため、P. オブスキュラがすでに絶滅してしまったのか、あるいは今もどこかで生きているのか分かっていないのです。
しかし、ロンドン自然史博物館(LNHM)はこのほど、同館に保管されている唯一のオス標本から、P. オブスキュラの”鳴き声”を再現することに成功しました。
鳴き声を知ることは、生きた個体の捜索にも役立ちます。
150年以上ぶりに蘇ったP. オブスキュラの声をぜひ聞いてみてください。
研究の詳細は、2022年8月10日付で科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されました。
150年ぶりに蘇った鳴き声はどんな音?
キリギリス科は、バッタやコオロギを含む直翅目(ちょくしもく、Orthoptera)に属するグループで、非常に古い時代から存在しています。
恐竜が闊歩していたジュラ紀(約2億130万〜1億4550万年前)には、90種以上(化石で確認できている分だけ)のキリギリス科が繁栄していました。
その古代昆虫のファミリーの中で、現代も生き延びているのはわずか8種。
そして、P. オブスキュラはそのうちの1種とされているのです。
現在、ロンドン自然史博物館に保管されている唯一の標本は、1869年に、イギリス陸軍士官のジョン・ベネット・ヒアセイ(John Bennet Hearsay)氏によって寄贈され、イギリスの昆虫学者であるフランシス・ウォーカー(Francis Walker)氏によって、正式な学名が記載されました。
しかしそれ以降、昆虫学者が何度試みても、この種を見つけることはできなかったのです。
最初に述べたように、2005年にチベットでメスが2匹見つかったと報告されましたが、唯一残っている標本と性別が違うため、同一種か近縁種かの判定ができませんでした。
ただ、このオス標本には、インド亜大陸を指す「ヒンドゥスターン(Hindustan)」との記載があり、イギリス統治下のインド地域で捕獲されたことがわかっています。
そのため、研究者たちは今も、インド亜大陸やその周辺のチベット高原などを中心に、P. オブスキュラの捜索を続けています。
そして、研究チームは今回、P. オブスキュラを見つけるための手がかりになると期待して、標本から”鳴き声”を再現することにしました。
キリギリス科は、翅(はね)や脚など、体の一部をすばやく擦り合わせて音を出す「ストリデュレーション(stridulation)」という方法で鳴きます。
一般的に、繁殖期である夏場に、オスがパートナーとなるメスを誘うために音を出します。
チームは、P. オブスキュラの標本から、それぞれの翅の3Dレンダリング画像を作成し、その情報をもとに、翅を高速で動かしたときの共振周波数や、翅のたわみのパターンを測定しました。
これらのデータを組み合わせて再現されたP. オブスキュラの鳴き声がこちらです。
秋の夜長に聞くような情緒あふれる音というよりも、なにか警報音のようなソリッドな印象を受けますね。
日本では、このような虫の音はあまり耳にできないでしょう。
ただ、虫の鳴き声の進化は、生息環境と密接に関係しており、メスに届きやすい音や、他の虫と重ならないような周波数へと進化していきます。
つまり、虫の鳴き声の特性を知ることができれば、どの地域を探すべきかの大きなヒントとなるのです。
また、この再現音を自然下で流せば、同種の仲間が近寄ってきてくれるかもしれません。
果たして、この鳴き声を使って、生きたP. オブスキュラを再び見つけることはできるのでしょうか?
参考文献
Listen to the call: Scientists recreate the song of a 150-year-old insect that could help rediscover its species
元論文
Reviving the sound of a 150-year-old insect: The bioacoustics of Prophalangopsis obscura (Ensifera: Hagloidea)
提供元・ナゾロジー
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