人間での臨床試験が上手くいったようです。

スウェーデンのリンショーピング大学(Linköpings Universitet)で行われた研究によれば、角膜の疾患により失明した14人と失明の危機にある6人に豚の皮膚から作られた人工角膜を移植したところ、全員の視力を改善することに成功した、とのこと。

現在世界中には1200万人を超える人々が角膜が原因で失明状態にありますが、角膜の提供者は非常に少なく70人に1人しか移植を受けることができません。

もし角膜を人工的に大量生産することができれば、多くの人々を失明から救うことができるでしょう。

しかし、豚の皮膚からどうやって人間に適合する人工角膜を作ったのでしょうか?

研究内容の詳細は2022年8月11日に『Nature Biotechnology』にて公開されました。

目次
ブタの皮膚から作られた「角膜」を使った臨床試験が大成功!
移植から2年たっても合併症は起こらない

ブタの皮膚から作られた「角膜」を使った臨床試験が大成功!

ブタの皮膚から作られた「角膜」で失明患者20名の視力を回復させることに成功
(画像=ブタの皮膚から作られた「角膜」で人間の視力を回復させることに成功 / Credit:Linköping University . Bioengineered cornea can restore sight to the blind and visually impaired、『ナゾロジー』より引用)

現在、角膜の疾患によって世界中で多くの人々の目が悪影響を受けています。

角膜は目の最も表面にある透明な部分であり、ものを見るためのレンズとして重要な役割を担っています。

この角膜が濁っていたり、レンズとして光を正しく屈折させられない場合、視力に重大なダメージが発生してしまいます。

しかし現在、角膜移植を行うには、死亡者から提供される人間の角膜が必要であるため絶対数が限られており、角膜移植が必要な人々のうち提供が受けられるのは70人に1人に過ぎません。

ブタの皮膚から作られた「角膜」で失明患者20名の視力を回復させることに成功
(画像=円錐角膜の症状が進行すると、光を正しく目に届けることがでなくなり、網膜に光を感じる力が残っていても物の輪郭が全く認識できなくなってしまいます。 / Credit:QSAI、『ナゾロジー』より引用)

そこで今回、リンショーピング大学の研究者たちは、豚の皮膚を材料にして人間に移植可能な人工角膜を作成し、円錐角膜(角膜が円錐状に突出してしまう難病)を患う20人の被験者に移植を行うことにしました。

人間や豚の皮膚には角膜の材料となる大量のコラーゲンが含まれているため、上手く抽出して加工できれば、同じくコラーゲンによって作られている角膜を代替することが可能です。

ただ皮膚から抽出したコラーゲンを直接目に流し込んでも、上手くいきません。

純粋なコラーゲンはゆるいゲル状で劣化しやすい素材であり、角膜として機能するには、何らかの方法でコンタクトレンズのような形状に固めなければならないからです。

そこで研究者たちは、コラーゲンに対して化学的方法と光学的方法の2種類の方法で架橋を行いました。

ブタの皮膚から作られた「角膜」で失明患者20名の視力を回復させることに成功
(画像=コラーゲンの分子を架橋処理によって結び付けて構造を強固にする / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

架橋は上の図のように、分子同士を橋のように結び付けて構造を強固にする効果があるため、架橋処理を行うことでコラーゲン同士が結びついて、ゆるく劣化しやすいコラーゲンを角膜として耐えるように固めてくれます。

人工角膜が完成すると、研究者たちは移植手術に取り掛かりました。

移植対象となったのは円錐角膜のせいで視力を喪失している14人(法的に失明状態と判定)と重度の視力障がいと判定された6人です。

結果、移植を受けた全ての被験者の視力を改善させることに成功します。

特に効果が高かった3人においては、視力が喪失した状態から「視力1.0」の正常な状態まで回復させることができました。

また人間の提供者から角膜を移植された場合と比較を行ったところ、豚の皮膚から作られた角膜は人間から移植された角膜と比べて性能に遜色がないことも判明しました。

しかし優れているのは性能だけではありませんでした。

人間の角膜は提供者の死後2週間以内に移植しなければ、劣化して上手く機能しなくなってしまいます。

ですが人工角膜は使用前の状態ならば最長で2年間の保存が可能です。

また人間の角膜を移植された場合は、拒否反応を防ぐために数年にわたり免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。

しかし豚の皮膚から作られた人工角膜の場合、免疫抑制機能がある目薬を8週間使用し続けるだけで十分でした。

人間からの移植よりも拒否反応のリスクが穏やかなのは、人工角膜が合成される過程で、拒否反応の原因となる物質がほとんど排除されているからだと考えられます。

さらに今回の研究では移植手術の手順も改良されており、レーザーを用いて高精度の切開を行うことで、従来の手術で用いられていた縫合処理も必要なくなりました。

移植から2年たっても合併症は起こらない

ブタの皮膚から作られた「角膜」で失明患者20名の視力を回復させることに成功
(画像=豚は再生医療の鍵になる日が迫っています / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、豚の皮膚を材料にした人工角膜が、人間の患者に安全に移植できることが示されました。

移植後の成績も極めて良好であり、被験者全員において視力が改善し、手術前は20人中14人が法的に失明したと判断される状態にあったものが、2年後には全員が失明状態から脱却に成功しました。

また移植が原因となる合併症も認められませんでした。

研究者たちは、豚の皮膚は非常に安価に確保できるため、人工角膜を大量生産することも可能になると述べています。

豚と移植技術を組み合わせる研究は角膜以外にもさまざまな臓器で試みられており、例えば以下の研究では脳死した人から取り出した人間の肺を豚の血管に接続することで、移植用臓器として使えるほどに回復させることに成功しています。

研究者たちは今後、人工角膜を個人にあわせてさらに適合性を高める方法を探していく、とのこと。

もしかしたら未来の世界では、豚が再生医療のスターになっているかもしれませんね。


参考文献

Bioengineered cornea can restore sight to the blind and visually impaired

元論文

Bioengineered corneal tissue for minimally invasive vision restoration in advanced keratoconus in two clinical cohorts


提供元・ナゾロジー

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