スギ花粉は2月から4月にかけて飛散します。テレビでも、すでに花粉予報のニュースも流れ始めています。
スギ花粉を遺伝子改良で無くせないの? というのは花粉症の人なら誰もが一度は考える疑問でしょう。
しかし残念ながら、これまでスギを無花粉にする遺伝子というのは特定されていませんでした。
ただ、それもここまでの話しになるかもしれません。
2月15日にオープンアクセスジャーナル『Scientific Reports』に掲載された新しい研究は、無花粉スギ発生の原因となる遺伝子変異を特定したと報告しています。
この発見に基づいて無花粉スギを育成できれば、将来的にはスギ花粉を大幅に減らせる可能性があります。
花粉のない清浄な空気が、日本の春先を包む日も近いかもしれないのです。
目次
花粉を出さない無花粉スギはなぜ増やせないのか?
スギを無花粉にする遺伝子
花粉を出さない無花粉スギはなぜ増やせないのか?
現在、日本では国民の27%近くがスギ花粉症にかかっていると言われていて、深刻な社会問題になっています。
スギは成長が早く、建材として有用なことから1960年頃から大規模な植林が行われ、これが春先に大量のスギ花粉が飛散する原因となりました。
花粉症が増えた原因は、他にも大気汚染や花粉を吸着しづらいアスファルトの地面が増えたことなどいろいろありますが、この問題を解決する一番の早道はスギが花粉を出さないようにすることです。
実はスギの中には、雄性不稔スギという個体が見つかっています。
これは花粉形成に異常があって、花粉を出せないスギのことをいい、これを林業用に栽培したものが無花粉スギです。
雄性不稔スギは約20系統が見つかっていて、無花粉の性質は遺伝することも明らかになっているため、成長や材質に優れた病気になりにくい優良なスギと交配させた新品種開発も進められています。
なら、なんで無花粉スギはあまり世の中に出回っていないのか、と思ってしまいますがこれにはいろいろ難しい問題があります。
まず、この原因遺伝子がなんであるのかが、これまでは特定されていませんでした。
そのため、無花粉スギの育種では、本当に無花粉なのかどうか判別するために、2~3年かけて苗を育てたあと、薬剤によって人工的に雄花の形成を促進させて、花粉の有無を確認するという非常に気長で煩雑な検定作業が必要でした。
またスギは、林業種苗法という法律により配布区域を越えた種苗の移動が制限されています。
このため、区域外に由来する種苗を自由に植栽することができないので、無花粉スギの品種を開発するためには、植栽する区域内から雄性不稔スギの系統を見つけてこなければならないのです。
これら無花粉スギを増やすための障害を解決するためには、無花粉スギの原因となっている遺伝子変異を探す出すことが必要です。
原因遺伝子が特定されれば、品種改良の際に、苗の遺伝子検査をするだけで無花粉かどうかを判別することが可能になります。
また、自然の中で無花粉の系統を見つけ出す際にも役に立ちます。
今回の研究は、そんな無花粉スギの遺伝子変異を見つけ出すという偉業に取り組んだものなのです。
スギを無花粉にする遺伝子
森林総合研究所、新潟⼤学などの研究グループは、正常なスギと無花粉スギの雄花の遺伝子を比較して、スギ花粉形成に異常をもたらす原因を探しました。
その結果、108個の関係しそうな遺伝子が特定され、さらにこの遺伝子の塩基配列を詳しく調査した結果、そのうち1つに無花粉スギの原因となる変異が発見されたのです。
特定された遺伝子は、「MS1」と呼ばれる遺伝子で、花粉の表面にある脂質に関連しているといいます。
無花粉スギでは、このMS1が働くために重要な塩基配列が失われる「欠失」と呼ばれる変異が発生していました。
脂質を運搬する機能が壊れていたことで、スギは正常な花粉を作ることができず、無花粉になっていたのです。
そこで研究チームは、この遺伝子変異が全国のスギにどのように分布しているかを調査しました。
18カ所の天然林を調べたところ、スギのMS1遺伝子の異常には、それぞれ異なる部分の塩基が失われる2つの系統があるとわかりました。
そして、この2つの系統は遺伝的に極めて近縁で、同じ1つの大元となる系統からそれぞれ変異して無花粉スギになっているとわかったのです。
さらに、この無花粉スギの大元となるスギの系統は全国に分布していました。
今回、無花粉スギに確認された2種の遺伝子変異は、上の図で水色と黄色で表現されています。
この2つの変異につながると考えられる大元のスギの系統は青色で表されていて、これは全国の天然林に一定割合で広く分布していました。
さきほど、スギには林業種苗法という決まりがあって、自由に苗種を移動できないという話がありました。
しかし、無花粉スギにつながる系統のスギが全国の自然林に存在しているという事実は、法律の問題をクリアして、無花粉スギの品種改良が行える可能性を示しています。
無花粉スギの重要な遺伝子変異が特定されたことで、品種改良を行う際も、わざわざ育ててから花を調べて無花粉か確認する検定作業が必要なくなります。
研究チームの1人、森林総合研究所の長谷川 陽一博士は「今後50年間で、無花粉スギの数が増え、最終的に花粉の空中飛散量が減少するため、花粉アレルギーを持つ多くの人が、春先に安心して出かけられるようになるだろう」と語っています。
この研究は、花粉のない清浄な空気の中で生活するための、第一歩となるでしょう。
参考文献
無花粉スギとなりうる素材は全国に分布している ―雄性不稔遺伝子の同定と多様性解析―(森林総合研究所)
A (pollen-free) sigh of relief for Japan: The genetics of male sterility in cedar trees(phys)
元論文
Identification and genetic diversity analysis of a male-sterile gene (MS1) in Japanese cedar (Cryptomeria japonica D. Don)
提供元・ナゾロジー
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