「心筋炎は、競技スポーツ選手の突然死の主要な原因である」

これは私の言葉ではありません。JAMA Cardiolの論文に、そのように書いてあるのです。

Myocarditis is a leading cause of sudden death in competitive athletes.
(心筋炎は、競技スポーツ選手の突然死の主要な原因である。)

以前に、プロ野球選手のコロナ定期検査の必要性についての論考を発表しました。日本では、スポーツ選手の新型コロナ感染に伴う心筋炎の問題を軽く考えている人が多い印象があります。新型コロナを過度に恐れる必要はありませんが、あまり甘く見すぎることは危険です。

今回は論文を引用しながら、再度この問題を考えてみることにします。翻訳にあたっては、理解しやすいように意訳しています。正確さを求める方は、原著をお読みください。

心筋炎は競技スポーツ選手の突然死の主要な原因である
(画像=libre de droit/iStock、『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

スポーツ選手の心筋炎の論文は複数発表されています。 今回は、次の論文を読んでみます。

Prevalence of Clinical and Subclinical Myocarditis in Competitive Athletes With Recent SARS-CoV-2 Infection: Results From the Big Ten COVID-19 Cardiac Registry JAMA Cardiol. 2021;6(9):1078-1087

無症状のウイルス性心筋炎は、特に35歳未満の人において、心臓突然死の一般的な原因です。大学スポーツ選手においての心臓突然死の発生率は、年間1:50000と推定されています。

新型コロナ感染症以外のウイルス感染症でも、心筋炎は発症し、無症状であっても、突然死の原因となることがあります。

本研究は、2020年3月1日から2020年12月15日までの期間において、アメリカの大学アスリートの新型コロナ感染者を対象として実施された。PCR検査陽性から心臓検査および心筋炎の診断までの期間は、10~77日(中央値、22.5日)であった。最初に心臓MRIを行い、追加検査として心電図、心エコー、トロポニン検査を実施した。


・・・中略・・・


心臓MRIにより、1597人のうち37人(2.3%)が臨床的または潜在的な心筋炎と診断された。そのうち9人は胸痛などの心臓の症状があり、残りの28人は無症状であった。有症状の心筋炎9人のうち5人は追加検査で異常があった。一方、無症状の心筋炎28人のうち、追加検査で異常を認めたのは8人であった。診断された37人は、トレーニングや競技が制限された。

調査の時期より考えてアルファ株で、ワクチン未接種の時のデータと考えられます。無症状の心筋炎を含めた数値ですが、診断された割合2.3%は意外と高値です。心筋炎が診断された時期が、感染10~77日後(中央値、22.5日)という点は重要です。感染7~10日後まで激しい運動を避けるのみでは、対策として不十分であることを示唆しています。

心臓MRIで診断された37人のうち76%の28人が無症状であったという点も重要です。無症状であっても心臓検査は必要ということになります。また、無症状の28人のうち20人は、心電図などの心臓スクリーニング検査で異常を認めなかったという点も重要です。これは、心臓スクリーニング検査のみでは心筋炎を見逃してしまう危険があることを示しています。

心筋炎は、年齢の若いスポーツ選手において、心臓突然死の重大なリスクファクターである。心臓突然死を発症した米空軍新兵の剖検研究では、運動がリスクファクターであり、 最も多く疑われた原因は認識されていない心筋炎だった。


心臓突然死の発症前の症状の詳細は、ほとんどの場合不明です。選手によっては無症状であったり、症状が軽微であったりします。剖検によって確定された心筋炎によるスポーツ選手の心臓突然死を検討した最近の研究では、50%以上の選手は何らかの症状を訴えておらず、74人中16人(21.6%)だけが発症前に症状(胸痛、動悸、失神)を訴えたと報告しています。

心筋炎の突然死では、運動がリスクファクターと書かれています。また、突然死の直前は、無症状の場合が多いとも書かれています。

もう一つ論文を読んでみます。

Prevalence of Inflammatory Heart Disease Among Professional Athletes With Prior COVID-19 Infection Who Received Systematic Return-to-Play Cardiac Screening JAMA Cardiol. 2021;6(7):745-752

こちらの論文では、心臓スクリーニング検査の後に心臓MRIを実施しています。つまり、最初の論文と比べて、検査の順序が逆です。

2020年春、MLS、MLB、NHL、NFL、WNBAは、スポーツ活動を再開する前に、PCR検査陽性となったすべての選手(無症状感染者も含む)に対して、心臓スクリーニング検査を義務付けした。検査陽性から3~156日後(平均19日)に心臓スクリーニング検査が実施された。スクリーニング検査の結果に異常があった場合は、更に心臓MRI検査が実施された。


・・・中略・・・


789人のうち3.8%の選手が、最初の心臓スクリーニング検査で異常を認めた。0.6%の選手が、心臓MRI検査により、心筋炎または心膜炎と診断された。この0.6%の選手は、スポーツへの参加を見合わせた。これらの選手全員は、味覚・嗅覚障害、非特異的疲労、呼吸困難のない咳などの症状を有していた。2020年12月下旬現在、心臓スクリーニング検査を受け、プロスポーツ活動を全面的に再開した選手では、心臓トラブルは発生していない。

この論文も、調査の時期より考えてアルファ株で、ワクチン未接種の時のデータと考えられます。心臓スクリーニング検査を受け異常を認めなかった場合には、プロスポーツ活動を全面的に再開しても、心臓トラブルは発生しなかったと報告されています。

二つの論文の共通点は、ワクチン未接種の時のデータという点です。現在では、大多数のスポーツ選手がコロナワクチンを接種しているため、心筋炎の発生率は論文で報告されている数値より低いと推測されます。

どちらの論文でも、スポーツ復帰前には、心臓検査を実施しています。前者の方法の方が理想的ですが、後者の方が現実的であり、実施が容易と考えられます。ただし、後者の方法では心筋炎の若干の見逃しが生じる危険があります。

日本のプロ野球選手において、復帰前に心臓検査を受けているかどうかについては、ネットで調べた限りでは不明でした。もし何も検査していないのであれば、最低限の心臓スクリーニング検査を実施するべきと考えます。スクリーニング検査で異常を認めた場合は、心臓MRIを実施し、心筋炎と診断された時には運動を制限するという方法が現実的です。

注意すべきことは、これらの論文は、スポーツに復帰する前の心臓検査に重点を置いた研究ということです。スポーツ選手が無症状感染時に、激しい運動をした時のリスクについては検証されていません。リスクが不明である以上、以前指摘したように、プロ野球選手のコロナ定期検査は続行されるべきと私は考えます。MLBでは定期的なPCR検査を廃止したと報道されています。 本当にそれで大丈夫なのか、私には疑問です。

日本では、スポーツ選手の新型コロナ感染に伴う心筋炎については、ほとんど研究されていないようです。比較的財力のあるプロ野球界において、この問題は一度検証されるべきです。

【まとめ】

  • 心筋炎は、競技スポーツ選手の突然死の主要な原因である。
  • 無症状の心筋炎であっても、突然死の原因となる場合がある。
  • PCR検査陽性から心筋炎と診断されるまでの日数は、10~77日(中央値、22.5日)であった。
  • スポーツ復帰前に、心臓スクリーニング検査を実施することにより、現在のところ突然死は予防できている。
  • 日本においても、スポーツ選手の新型コロナに伴う心筋炎の問題は検証されるべきである。

文・鈴村 泰/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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