幼い子どもが発症する小児がん。その中でも肺がんは100万人に1人未満という非常に珍しい症例です。

そんな子どもの肺がんについて、国立がん研究センターは子どもの肺がんが、母親の子宮頸がんの移行であったという驚きの事実を発表しました。

1月7日に国際学術誌『The New England Journal of Medicine』で発表されたこの研究では、2名の小児がん患者のがん細胞を調べたところ、その遺伝情報は本人のものではなく、母親の子宮頸がんと一致していたと報告しています。

子どものがんという不幸な症例は、できる限りなくしたいものですが、母親の子宮頸がんの予防がこの問題に対して有効になるかもしれません。

目次
子どもにうつった母親のがん
治せるがん、予防できるがん

子どもにうつった母親のがん

がんは身体のあちこちに転移する可能性のある厄介な病気というイメージはありますが、人から人へ移るという認識はありません。

しかし、母子の間では出産時にがんが移行するケースがあるようです。

国立がん研究センターは、小児がん患者で肺がんも持つ1歳と6歳の男児について、「NCCオンコパネル検査」という方法を使ってがんの遺伝子解析を行いました。

すると、その肺がんには、子ども本人以外の遺伝子配列が存在しているとわかったのです。

他人由来の遺伝子が検出された場合、普通は検査時の人為的なミスを疑います。しかし、今回の研究では少し違ったところへその視点を向けたのです。

この男児2名の母親は、それぞれ子宮頸がんを発症していました。

ひょっとして…と研究者は考えたのでしょう。この子どものがん細胞が持つ遺伝情報を、母親の子宮頸がんの細胞の情報と比較してみたのです。

その結果、男児の肺のがん細胞は2名とも、母親由来の遺伝子情報を持っていることが明らかになったのです。

さらに、男児のがん細胞は、本来男性の細胞に存在するはずのY染色体がありませんでした。これは女性の細胞であることを意味しています。

「母親の子宮頸がんが子どもの肺にうつる」症例を確認、羊水に混ざったがん細胞を飲み込んでいた
(画像=母と子どもの腫瘍の特徴の比較 / Credit:国立がん研究センター、『ナゾロジー』より引用)

また、男児のがん細胞には、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスの遺伝子も検出されたのです。

つまり男児の肺がんは、母親の子宮頸がんが移行したことで発症したものだったのです。

この原因について、研究者は次のように考えています。

子どもは出産直後に泣くことで初めての呼吸を開始しますが、この際肺に羊水を吸い込みます。

今回は母親が子宮頸がんを患っていたために、その羊水には子宮頸がんのがん細胞がまじっていました。

「母親の子宮頸がんが子どもの肺にうつる」症例を確認、羊水に混ざったがん細胞を飲み込んでいた
(画像=母から子どもの肺へのがん細胞移行 / Credit:国立がん研究センター、『ナゾロジー』より引用)
「母親の子宮頸がんが子どもの肺にうつる」症例を確認、羊水に混ざったがん細胞を飲み込んでいた
(画像=赤ちゃんが初めて泣いた時、肺にがん細胞の混じった羊水が取り込まれる。 / Credit:国立がん研究センター、『ナゾロジー』より引用)

こうして母親のがん細胞が、子どもに肺に移行して肺がんを発症させたのです。

母親が皮膚がんなどを患っていた場合、そのがん細胞が胎盤を通る血液を通して子どものさまざまな臓器に移行するケースは知られています。

しかし、今回のように羊水を吸い込んだことが原因で、肺のみに母親から子どもへがん細胞が移行したと確認されたのは世界で初めてです。

母から子どもにがんが移行するというのは、なんとも切ない話ですが、このようなケースでは、治療について希望をもたらす発見もありました。

治せるがん、予防できるがん

近年注目されているがん治療薬に、免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれるものがあります。

今回の母から移行した肺がんの男児には、この薬による治療が非常に有効で、投与された患者からはがんが消失する劇的な効果を示したと言います。

人間の身体には本来異物を排除する免疫機能が備わっています。

しかし、免疫があまりに強力な場合、問題のない健康な細胞まで傷つけてしまうかもしれません。そこで身体は免疫がやりすぎないようにチェックポイント(検問所)を用意して、免疫細胞にブレーキをかけているのです。

「母親の子宮頸がんが子どもの肺にうつる」症例を確認、羊水に混ざったがん細胞を飲み込んでいた
(画像=チェックポイントとは検問の意味。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

がん細胞はこのシステムを逆手に取って、免疫の力を抑制し、自分が攻撃されないようにしています。

これは公安の権力みたいなもので、あまり暴走させると無実の国民までしょっぴかれて被害を受けてしまいますが、かといって緩めすぎるとスパイ天国になってしまうという感じに似ているでしょう。

免疫チェックポイント阻害薬は、その名の通りこうした免疫を抑制する作用を弱める薬です。これによってがん細胞が免疫の攻撃対象になります。

人間の免疫力によってがんを治療する薬なのです。

今回のケースでは、男児のがん細胞は、本来自分の持つ細胞ではありませんでした。そのため、免疫細胞から異物として認識されやすく、免疫チェックポイント阻害薬が特に有効に働いたと考えられるのです。

これは母子で移行したがん全般に対して、この治療法が有効である可能性を示しています。

また子宮頸がんは、がんとしては珍しく明確に発症の原因が特定されていて、治療することも予防することも可能ながんです。

子宮頸がんは、皮膚や粘膜を介して伝染るヒトパピローマウイルスの感染が原因で発症します。

「母親の子宮頸がんが子どもの肺にうつる」症例を確認、羊水に混ざったがん細胞を飲み込んでいた
(画像=ヒトパピローマウイルスの電子顕微鏡画像。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

ヒトパピローマウイルスは、数百種類を超える型を持っていて、皮膚にイボができたり、尖圭コンジローマなどの性病の原因にもなっているウィルスです。

これが生殖器粘膜に長期間寄生していた場合、がん化させてしまう場合があるのです。

子宮頸がんは早期に発見された場合は、完治することが可能ながんです。また、ウィルス感染が原因のため、ワクチン接種で事前に予防することも可能ながんでもあります。

「母親の子宮頸がんが子どもの肺にうつる」症例を確認、羊水に混ざったがん細胞を飲み込んでいた
(画像=母親の健康は、生まれてくる子どもの健康にも繋がっている。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

幼い子どもががんを発症するというのは、非常に悲しい出来事です。

今回のようなケースは、母親が子宮頸がんの早期発見や予防に努めることで、かなり低減させることが可能だと考えられます。

子どもの健康のためにも、母親の子宮頸がんの予防、定期検診が非常に重要であると、この研究では語られています。


参考文献

国立がん研究センター


提供元・ナゾロジー

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