角膜や血管、皮膚などはすべて生きた組織です。しかし、骨は生きた化合物と無機化合物の混合物であり、これを3Dプリントで再現するのは「挑戦の中の挑戦」と言われています。

ところが最近、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学に所属するバイオエンジニアのアイマン・ルーハニ氏ら研究チームは、室温で本物の骨に近い構造物を3Dプリントすることに成功しました。

これにより、患者の身体の中に骨を直接3Dプリントするという道が開けたのです。

詳細は1月20日付けの科学誌『Advanced Functional Materials』に掲載されています。

目次
天然の骨構成を模倣した「人工骨」を3Dプリントする
人間の体液に反応して硬化することで、体内に骨が直接作られる

天然の骨構成を模倣した「人工骨」を3Dプリントする

身体の中に「骨を直接3Dプリントする」治療法を開発中
(画像=生きた細胞を利用して人口骨を3Dプリントする / Credit: Iman Roohani /unsw、『ナゾロジー』より引用)

「骨を模した構造物を3Dプリントする」こと自体は新しい発想ではありません。

実際これまでにも、ヒドロゲル、熱可逆性プラスチック、バイオセラミックスなどの材料で人工骨を試作してきました。

これらの3Dプリント技術は、まず研究室の高温炉で有毒な化学物質を利用し構造体を作成しなければいけません。

しかし今回報告されている新しい技術では、生きた細胞を利用し、温室での骨形成プロセスを成功させています。

これはつまり、有害なものを使用せず、患者自身の生きた細胞を使って医療室内のその場で骨を作ることができるということです。

ルーハニ氏も、「以前の材料とは対照的に、私たちの技術は、骨の構成を化学的に模倣した構造物をその場でプリントできる」と述べています。

研究チームによると、この新しい技術は最終的に、「患者の身体に直接骨を3Dプリントする」という新しい治療法の確立に繋がるかもしれないとのこと。

人間の体液に反応して硬化することで、体内に骨が直接作られる

身体の中に「骨を直接3Dプリントする」治療法を開発中
(画像=天然の骨組織と同様の多孔質ナノ結晶構造 / Credit: Iman Roohani、『ナゾロジー』より引用)

研究チームは、骨の形成と維持に必要なミネラルであるリン酸カルシウム溶液に患者の生きた骨細胞を入れ、人工骨の素となる「バイオインクゲル」を作成。

このバイオインクゲルは、体液にさらされると数分で硬化し、天然の骨組織の構造と同様の多孔質ナノ結晶構造を形成するとのこと。

実際にテストでは、最大5mm立方体の骨構造を、ヒト細胞を含むゼラチンの中で3Dプリントすることに成功しました。

プリントされた骨組織は、生きた細胞をその構造に組み込み、数週間後には95%の生存率で付着および増殖したとのこと。

身体の中に「骨を直接3Dプリントする」治療法を開発中
(画像=将来的には、骨欠損をその場で修復できるかもしれない / Credit: Iman Roohani / unsw、『ナゾロジー』より引用)

ルーハニ氏は、「この技術は、外傷や癌によって引き起こされた骨欠損をその場で修復したり、大きな組織を切除した場合の治療に利用したりできる」と述べています。

現在、骨を修復する一般的な方法は、患者自身の別の部位から骨を採取し、それを移植するというもの。

しかし、この方法は感染率が高く、必要な骨材料の量が多すぎると機能しません。

そのため、新しく開発された3Dプリント技術は、骨修復の可能性を大きく広げることになるでしょう。

研究チームは現在、より大きなサンプルをプリントする予定であり、骨修復のための小動物実験も開始しています。


参考文献

3D Printing Bone Directly Into the Body

3D-printed ‘bones’ made of living cells are formed at room temperature for the first time using a special gel that allows doctors to build structures minutes before surgery

元論文

Synthetic Bone‐Like Structures Through Omnidirectional Ceramic Bioprinting in Cell Suspensions


提供元・ナゾロジー

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