アメリカ食品医薬品局(FDA)は、過去10年間で、製薬会社がスポンサーとなった約300件の臨床試験のエビデンスに基づいて、115の抗がん剤を承認しています。
ところが、豪フリンダース大学(Flinders University)の新たな調査により、医薬品承認を支える試験データの半分以上が非公開になっていることが明らかにされました。
試験に参加した個々の患者データを(プライバシーを保護するため匿名化された状態で)共有することは、新規および既存の治療薬の効果や信頼性を第三者が評価する”メタアナリシス研究”にとって不可欠です。
これを受け、研究主任のナタンシュ・モディ(Natansh Modi)氏は、独立した研究者や医療従事者が、臨床試験データにスムーズにアクセスできるよう、情報の透明化を進めなければならない、と呼びかけています。
研究の詳細は、2022年7月28日付で医学雑誌『JAMA Oncology』に掲載されました。
抗がん剤の治験データの55%が非公開に
新たに開発された医薬品は、製薬会社の臨床試験により効き目や安全性が確認されたのち、FDAなど規制局の認可を受けて初めて、市場や医療現場へ出回ります。
そこでモディ氏ら研究チームは、2011年1月1日〜2021年6月30日の間にFDAが承認した115の抗がん剤について、そのエビデンスを提供した製薬会社の臨床試験304件を精査。
その結果、匿名化された患者の個人データ(IPD)を公開しているのは、304件中136試験(45%)と、全体の半分以下であることが判明したのです。
あとの168試験(全体の55%)のデータは、非公開の状態にされていました。
これら非公開のデータについては、個々の研究者が製薬会社に直接問い合わせることで、ようやく情報公開されるとのことです。
さらに、最も売れている抗がん剤(ニボルマブ、ペムブロリズマブ、ポマリドマイド)のみを対象にしたところ、公開されている臨床試験データの割合は、10%未満にまで激減しました。
これは、抗がん剤の有効性や信頼度を正確に評価するためのメタアナリシスが、現状困難になっていることを意味します。
製薬会社がデータを公開しない理由として最も多かったのは、「臨床試験の参加者の長期的なフォローアップ(追跡観察)が現在も進行中であること」でした(168試験中89試験[53%])。
同チームのアシュリー・ホプキンス(Ashley Hopkins)氏は「継続的なフォローアップはもちろん必要ですが、何万人もが利用する医薬品にかかわる重要なデータを非公開にする理由にはならない」と指摘します。
加えて、モディ氏は「製薬会社は競争のために試験データを他の製薬会社と共有しようとしないので、メタアナリシスは、独立した研究者が行わなければならない」と話します。
しかし、その作業もデータの透明性がなければできないことです。
メタアナリシス以外にも、試験データの公開は、現在進行形で直面している感染症への対応においても役立ちます。
たとえば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行時に、迅速なデータ共有が、公衆衛生上の対処法(手指の消毒、密を避ける、ソーシャルディスタンスなど)や、ワクチン開発を促進する上で重要であったことは言うまでもありません。
今回の調査結果を受け、研究チームは「公衆衛生を保護し、臨床試験データを最大限に発揮するために、情報の透明性を高めるよう」製薬会社に呼びかけました。
新型コロナウイルスやサル痘など、相次ぐ世界的なパンデミックに伴い、医療分野に求められる信頼度はこれまで以上に高まっています。
そのためにも、研究者や医療従事者が、容易にアクセスできるような情報公開の体制を整えるべきでしょう。
提供元・ナゾロジー
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参考文献 A Huge Amount of Data From Cancer Trials Remains Hidden, Researchers Warn 元論文 Audit of Data Sharing by Pharmaceutical Companies for Anticancer Medicines Approved by the US Food and Drug Administration