全ての動物・全ての植物・全ての真菌類の共通祖先(真核生物の起源)は長らく、1個の細胞の中に1個の核を持つ球体として描かれてきました。

しかし5月7日にドイツのハインリッヒ・ハイネ大学の研究者たちによって『Genome Biology and Evolution』に掲載された論文によれば、その常識は間違いであり、1細胞に1個の核といったシンプルな存在が完成される前には、無数の核が内包された巨大な多核細胞の時代があったとのこと。

研究者たちはいったいどんな経緯で、そのような奇抜な結論にたどり着いたのでしょうか?

目次
私たちの先祖は「細胞に数十個の核を持っていた」可能性がかなり高い
核とミトコンドリアはすぐに仲良くなれなかった

私たちの先祖は「細胞に数十個の核を持っていた」可能性がかなり高い

私たちの先祖は「細胞に数十個の核を持っていた」とする研究結果
(画像=私たちの細胞のベースは古細菌である。そこに細菌のミトコンドリアが入り込み、真核生物に進化した / Credit:wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

地球に最初の生命がうまれてしばらくくすると、生物の系統は大きく2つに別れました。

1つは細菌と呼ばれるグループで、現在の地球でも様々な場所に存在するありふれた生命です。

そしてもう一方は古細菌と呼ばれるグループ。

こちらは超高熱、超高塩濃度、超酸性といった地球の初期の過酷な環境に適応したマイナーなグループです。

そしておよそ15億年前、ある古細菌が酸素呼吸能力を持った細菌(ミトコンドリアの先祖)を丸飲みして内部で飼い始めることで、新たな1つの生命体「真核生物」に進化します。

真核生物は、今を生きる全ての動物・植物・真菌類の祖先です。

既存の説では、この最初の真核生物は1つの細胞の中に1つの核と複数のミトコンドリアを持つ存在として描かれてきました。

しかしこの常識には大きな欠点がありました。

飲み込んだ古細菌と飲み込まれた細菌(ミトコンドリア)は遺伝的にもかなりの違いがある生物であり、簡単に共生関係が構築されるハズがないのです。

ですがこの疑問については、これまで誰も突っ込んだ研究を行おうとはしませんでした。

そのため1細胞1核+複数のミトコンドリアは誰もが持つ真核生物の共有祖先のイメージとして定着していきました。

ですが、そんな漠然とした先祖像に対して今回、ドイツのハインリッヒ・ハイネ大学の研究者たちは異議を唱えました。

彼らが真核生物の主要な16グループに含まれる106系統の代表的な種を分析したところ、全てにおいて、1つの細胞の中に複数の核を持つ「多核細胞」を生成する能力があることを突き止めます(単細胞と思われがちなアメーバ属の中には多核状態になるものがいる)。

現代に生きる真核生物のどのグループにも多核細胞を作る力があるなら、真核生物の起源となる単細胞生物もまた、多核であった可能性が非常に高くなります。

一見してこじ付けに思える論法ですが、目などの身近な器官に置き換えるとその正しさがわかります。

現在の地球には「目」を持つ多くの動物が存在しますが、全ての動物の目は同じ光を感知するタンパク質(オプシン)を含んでいます。

また進化的に遠い脊椎動物の目もタコの目も、ともにクリスタリンと呼ばれる透明なタンパク質で水晶体を構成しています。

この事実は、目はそれぞれの種で独立して誕生したのではなく、彼らの共通の祖先が目を獲得した結果であることを示します。

しかし、いったいどのような経緯で、単細胞かつ多核な生命が生じたのでしょうか?

以降では、ミトコンドリアの吸収から現代的な真核生物の誕生までの過程をたどっていきます。

核とミトコンドリアはすぐに仲良くなれなかった

私たちの先祖は「細胞に数十個の核を持っていた」とする研究結果
(画像=古細菌(赤)がミトコンドリアの先祖の細菌(青)を取り込むシーン / Credit:HHU . youtube、『ナゾロジー』より引用)

全ては、私たちの先祖である古細菌がミトコンドリアの先祖である細菌の酸素呼吸能力に目をつけ、接近することからはじまりました。

古細菌はミトコンドリアの先祖の酸素呼吸能力と代謝産物のおこぼれをもらう生活をはじめます。

しかしある時点を境に、古細菌がミトコンドリアの先祖である細菌を飲み込んでしまいます。

古細菌にとっては、内部に取り込んでしまった方が都合がよかったからです。

ただこの段階では、飲み込んだ古細菌と飲み込まれたミトコンドリアの先祖の独自性が強く、現代の私たちの細胞のように両者が完璧に適合しているわけではありませんでした。

時には内部で栄養を巡る競争や代謝サイクルの不協和が発生し、共倒れに陥ることも多かったのです。

この非適合性は、古細菌がミトコンドリアの遺伝子を取り込んで核膜を持ち始めた後もしばらく続きます。

そこで両者は、とりあえずの「妥協」を行うことになりました。

それが多核化です。

1つの細胞に1つの核(古細菌の遺伝子)しかない場合、選択肢が限られているため、適合か死のどちらかしか選べませんでした。

しかし1つの細胞に複数の核が存在する場合、たとえ数個の核がミトコンドリアとの適合に失敗しても、残った核の遺伝子によって補うことが可能になります。

私たちの先祖は「細胞に数十個の核を持っていた」とする研究結果
(画像=真核生物の先祖は多核細胞だった可能性が高い / Credit:HHU . youtube、『ナゾロジー』より引用)

そのため研究者たちは、上の動画のように、私たち真核生物の先祖には多核細胞の時期があったと考えました。

現在の真核生物の全ての系統に、多核細胞を作れる種が散在しているのは、根元となる祖先がミトコンドリアとの適合を求めて多核化していたからというわけです。

問題は細胞分裂能力でした。

多核化がいくら有効な解決手段だったとしても、適切な細胞分裂なくしては厳しい自然界を生き残ることはできません。

真核生物の先祖は無数の核を持つ状態で、どうやって細胞分裂を行っていたのでしょうか?