微生物の「共生進化」は、予想以上に簡単かつハイスピードで起こるようです。

産業技術総合研究所はこのほど、カメムシの一種から共生細菌を除去し、代わりに大腸菌を摂取させてラボ内で飼育。

その結果、わずか数カ月から1年ほどの短期間で、大腸菌の遺伝子に突然変異が起き、共生細菌に進化することが判明しました。

これにより、宿主の生存に必須な共生細菌への進化は、思っていたより容易に起こりうることが示されています。

研究の詳細は、2022年8月4日付で科学雑誌『Nature Microbiology』に掲載されました。

※ 以下、カメムシの画像が出てきますので、苦手な方はご注意ください。

目次
「共生細菌」の代わりに「大腸菌」を保有したカメムシはどうなる?
2カ月〜1年で大腸菌が「共生細菌」に進化!

「共生細菌」の代わりに「大腸菌」を保有したカメムシはどうなる?

研究チームはこれまで、昆虫および、それを宿主とする共生微生物に焦点を当ててきました。

中でも、農業害虫として知られるカメムシ類の腸内共生細菌について、積極的に研究を進めています。

今回、チームが対象としたのは、日本全国に分布する「チャバネアオカメムシ(学名:Plautia stali)」です。

チャバネアオカメムシの消化管は、後部が共生器官になっており、その内部に共生細菌(腸内細菌科Pantoea属の1種)を飼っています。

この共生細菌は、子どもの成長に欠かせないもので、母親は産卵時に、卵の表面に共生細菌を塗りつけておきます。

すると、産まれた赤ちゃんが卵の表面を吸いとって、共生細菌を獲得できるのです。(下の画像のDがその様子)

大腸菌を昆虫の中で「共生細菌」に進化させることに成功!
(画像=「共生細菌」を保有する正常なチャバネアオカメムシ。Dが卵殻から共生細胞を吸っている子ども。 / Credit: 産総研 – 大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功(2022)、『ナゾロジー』より引用)

共生細菌を取り込んだ赤ちゃんはすくすくと発育し、飼育下では、80%以上が正常に羽化して、緑色のきれいなカメムシ(成虫)となります。

ところが、卵の表面を殺菌して、赤ちゃんが共生細菌を取り込めないようにすると、発育が極端に遅れ、ほとんどが大人になれずに死んでしまうのです。

では、共生細菌ではなく、「大腸菌」を摂取させたらどうなるのでしょう?

チームは、表面殺菌した卵から産まれた赤ちゃんに、大腸菌を含ませた水を与えてみました。

すると、発育は著しく遅れ、ほとんどが死滅したものの、ごく少数(5〜10%)が生き残り、通常より小さくて茶色い大人へと羽化したのです。

共生器官も無色で未発達でしたが、内部にはちゃんと大腸菌がおり、共生細菌と同じ場所を占めていました。

また、大腸菌を保有する母親が産んだ卵には、やはり大腸菌が塗りつけられており、赤ちゃんもこれを吸って大腸菌を獲得しました。

大腸菌を昆虫の中で「共生細菌」に進化させることに成功!
(画像=「大腸菌」を付与されたチャバネアオカメムシ(右端は、卵表面に塗布された大腸菌の顕微鏡画像) / Credit: 産総研 – 大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功(2022)、『ナゾロジー』より引用)

しかし、大腸菌はおもに、ヒトを含む哺乳類の腸内に住まう微生物であり、元来カメムシとは関係がありません。

にもかかわらず、カメムシに共生した大腸菌は、不完全な形ではあるものの、宿主の生存と繁殖を支える最低限の能力を示したのです。

では、このカメムシを継続して繁殖させることで、大腸菌がだんだんと共生細菌に進化することはないのでしょうか?

そこでチームは、大腸菌をカメムシの共生細菌に進化させるための実験を開始しました。

2カ月〜1年で大腸菌が「共生細菌」に進化!

しかし、単純に大腸菌を与えたカメムシの飼育を続けても、そう簡単に共生細菌への進化が起こるとは考えられません。

進化とは、膨大な年月をかけてゆっくりと生じるものだからです。

そこでチームは、「高速進化大腸菌」を用いることにしました。

これは、突然変異の蓄積率が高くなるよう遺伝子操作し、分子的な進化速度を加速させた大腸菌のことです。

今回使用したものは、通常の大腸菌に比べ、突然変異率が100倍程度に上昇し、進化速度も100倍程度に加速しています。

実験ではまず、高速進化大腸菌を与えたカメムシの赤ちゃんを飼育し、「成長速度」と「体色」に注目して、2つの進化系列を作成しました(下図を参照)。

「成長速度」系列では、最も早く羽化した成虫を選抜し、その共生器官を摘出して、内部の大腸菌を次世代へ摂取します。

「体色」系列では、最も緑色の強い成虫を選抜して、同様に共生器官を取り出し、その大腸菌を次世代へ摂取します。

大腸菌を昆虫の中で「共生細菌」に進化させることに成功!
(画像=共生進化実験のデザイン / Credit: 産総研 – 大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功(2022)、『ナゾロジー』より引用)

そして、これら2系列の対照グループとして、進化速度を加速させていない普通の大腸菌を与えたカメムシを用いて進化系列を作成。

最終的に、「成長速度選抜」7系列に対照グループ7系列を、「体色選抜」12系列に対照グループ11系列を作成し、約2年にわたって10世代以上の飼育を行いました。

その結果、「成長速度選抜」のうち1系列で2世代目(約2カ月後)から、「体色選抜」のうち1系列で7世代目(約1年2カ月後)から、羽化率の急激な上昇(30〜80%)が見られたのです。

加えて、これらの系列では、羽化率の上昇にともなって、カメムシのサイズが世代ごとに大きくなり、体色も正常な緑色にどんどん近づいていきました。

(対照グループは、小さくて茶色いままだった)

さらに、これらのカメムシの大腸菌を培養すると、進化前は大きく赤色のコロニーをしていたのに、進化後は小さくて白色のコロニーとなり、明らかに大腸菌に変化が起きていました。

大腸菌を昆虫の中で「共生細菌」に進化させることに成功!
(画像=世代交代の中で「大腸菌」が「共生細菌」へと変化 / Credit: 産総研 – 大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功(2022)、『ナゾロジー』より引用)

また、これらの大腸菌には、増殖速度の低下・細胞サイズの小型化・べん毛運動の喪失・細胞形態の不安定化など、遺伝子発現パターンに顕著な変化が生じていました(下図を参照)。

そして、この変化した大腸菌をカメムシの無菌幼虫に与えたところ、羽化率の向上、体サイズの増大、体色の緑化が確認されています。

以上のことから、大腸菌は、宿主の世代交代の中で突然変異を起こし、カメムシの生存を支える共生細菌へと進化したことが証明されました。

大腸菌を昆虫の中で「共生細菌」に進化させることに成功!
(画像=共生進化後に見られた大腸菌の変化 / Credit: 産総研 – 大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功(2022)、『ナゾロジー』より引用)

この結果を受けて、研究チームは、高速進化大腸菌を用いたとはいえ、これほど容易かつ迅速に、微生物の共生進化が起こりうる事実に非常に驚いています。

自然界では、あらゆる動植物が微生物と共生し、相互に恩恵を与え合っています。

こうした共生関係が世界中のどこでも見られることは、共生進化のハードルがそれほど高くないことを意味しているのかもしれません。


参考文献

大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功(産総研)

元論文

Single mutation makes Escherichia coli an insect mutualist


提供元・ナゾロジー

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