「呼吸」は、生物が生きていく上で欠かせないものであり、ヒトは肺呼吸を、魚はエラ呼吸を、カエルは皮膚呼吸をしています。

そして、これらとは別に、お尻の穴を使った「腸呼吸」というものがあるのをご存知でしょうか?

泥の中に潜るドジョウは、腸呼吸を利用して酸素を取り込んでいます。

そして私たちに馴染み深い、池にいるカメもこの腸呼吸を行います。

もちろん、あらゆるカメは肺呼吸を基本としていますが、冬の池などで長期間水に沈んだまま過ごす種類の中には、腸呼吸を利用するものがいるのです。

腸呼吸とは、一体どんな仕組みなのか、何のメリットがあるのか?

今回はちょっと特殊な呼吸方法、腸呼吸について解説します。

目次
腸呼吸はどんな仕組み?
腸呼吸のウィークポイントとは?

腸呼吸はどんな仕組み?

一部のカメは確かに、お尻の穴を使って呼吸できますが、厳密にはカメのお尻の穴は「総排泄腔(そうはいせつこう、cloaca)」と呼びます。

これは鳥類などでも同様ですが、生殖や産卵、排泄を一手に担う開口部のことです。彼らはうんちもおしっこも、性殖も全部同じ1つの穴を使っているのです。

なのでカメの行う腸呼吸は、「総排泄腔呼吸(cloacal respiration)」とも呼ばれます。

腸呼吸の基本的な仕組みは、次の通りです。

まず、カメは水中にいながら、総排泄腔を通して水を取り込み、内部にある一対2つの袋状の器官(bursae:嚢)に送り込みます。

袋の内部には、小さな突起状の乳頭(papillae)が生えており、これらが水に含まれる酸素を吸収して、体中の血流に拡散するのです。

こうしてカメは、水中にいながら酸素を体内に回すことができます。

カメは「お尻の穴」で呼吸できる!
(画像=肛門呼吸ができるカクレガメ / Credit: ja.wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

そして、腸呼吸ができるのは、主に河川域に生息するカワガメです。

腸呼吸をするカワガメは、世界に十数種類が確認されており、その半数はオーストラリアに分布しています。

カクレガメ(Elusor macrurus)やノドジロカブトガメ(Elseya albagula)が、その代表です。

どういうメリットがあるのか?

腸呼吸の最大のメリットは、もうお分かりの通り、通常の呼吸方法では酸素を取り込めない環境でも酸素が吸収できることです。

例えば泥の中に潜るドジョウなども、腸呼吸を用いることが知られています。

あらゆるカメは肺呼吸を基本とし、空気を吸うために定期的に水面に顔を出さなければなりません。

しかし、水面に顔を出すのは、場所や環境によっては危険な行為となります。

たとえば、流れの急な河川ですと、水面に顔を出そうと浮上するだけで流される危険性があります。

また、水面に姿を見せることで、天敵であるワニや鳥類、大型の魚類に見つかりやすくなります。

そのため、水底にいながら酸素を取り込める腸呼吸は、カメにとって非常に有効なのです。

とくに、こうしたリスクは産まれたばかりの子ガメで最も大きくなります。

ですから一般的に、子ガメは親ガメより腸呼吸に優れており、水面に頻繁に出てこれるようになるまで、腸呼吸に頼りながら、水底で多くの時間を過ごします。

中には、子ガメのときには腸呼吸ができて、成熟するとその能力を失う種もいるそうです。

では反対に、腸呼吸のデメリットとしては何が挙げられるでしょうか?

腸呼吸のウィークポイントとは?

腸呼吸の弱点は、通常の好気性の肺呼吸に比べて、はるかにエネルギー効率が悪い点です。

というのも、水を総排泄腔から内部の袋状器官に取り込むには、多大なエネルギーを要します。

そのせいで、カメが呼吸から得られる酸素獲得量が、普通の呼吸に比べて少なくなってしまうのです。

イメージしてみましょう。

私たちが空気を吸い込むとき、気体はとても軽やかで、肺の中を自由に出入りするので、実質的にエネルギーは必要ありません。

ところが、液体である水を出入りさせることを想像してみてください。しかも、お尻の穴から。

そんな芸当が、どうしてゼロエネルギーでできるでしょう?

しかも、水は同じ体積の空気より、含まれる酸素量が約200分の1なので、肺呼吸と同じ量の酸素を得るには、より多くの水を取り込まなければならないのです。

カメは「お尻の穴」で呼吸できる!
(画像=肛門呼吸がズバ抜けてうまい「ハヤセガメ」 / Credit: ja.wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

しかし、こうしたウィークポイントがありながらも、一部のカメは腸呼吸をやめませんでした。

水面に顔を出すという危険な賭けに出るよりも、肛門から地道に酸素を取り込む方を選んだのです。

そうした中で、他の種に比べ、ズバ抜けて腸呼吸のうまいカメも誕生しました。

オーストラリア産のハヤセガメ(Rheodytes leukops)です。

他種が環境や状況に合わせ、腸呼吸をピンポイントで使うのに対し、ハヤセガメは、エネルギーの100%を腸呼吸で賄うことができます。

つまり、理論的にハヤセガメは、水中に無限にとどまることができるのです。

氷の下に囚われても…

もう一つ、腸呼吸が有効なシチュエーションがあります。

それは、冬時期に池や湖、川の水面が凍ったときです。

こうなると、そもそも水面に顔を出せなくなりますから、腸呼吸が大活躍します。

北米には、冬期に限定して腸呼吸を多用するカメが6〜7種ほど存在します。

たとえば、ブランディングガメ(Emydoidea blandingii)は、冬の間、池を覆う氷の層の下で数カ月を過ごさなければなりません。

しかし、ブランディングガメは、腸呼吸をすることで、100日以上も氷の下に居続けられるのです。

冬期間のカメは、冬眠状態なので代謝率が大幅に低下しており、生存に必要なエネルギー量が少なく、腸呼吸でも十分に生きていけます。

カメのような爬虫類は、寒いと行動が大幅に制限されます。また水中は地上より温かい場合が多いので、こうした機能を使って冬を越すことが有効だったのでしょう。

お尻を使った呼吸というと奇妙な感じがしますが、それは困難な環境を生き抜くために編み出された、重要な能力なのです。


参考文献

Can turtles really breathe through their butts?


提供元・ナゾロジー

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