二人羽織は、背後に隠れた人が前の人に食事させる余興です。

これは、1つの体を2人で分担して操作することの難しさを、コミカルに表現した昔ながらのネタだと言えます。

しかし最近では、ロボット技術やVR技術の向上により、自分の体の一部を他者が操作することが、ネタではなく、現実にあり得る状況となってきました。

そこで、豊橋技術科学大学に所属する北崎 充晃(きたざき みちてる)氏ら研究チームは、2人の人間がVR上で1つのアバターを共有したときの「自己身体感(自分の体だと認める感覚)」を調査することにしました。

この実験により、他者が操作する腕を自分の身体のように感じるための秘訣が明らかになっています。

研究の詳細は、2022年7月26日付の科学誌『Scientific Reports』に掲載されました。

目次
1つのVRアバターを2人で分担して操作すると「自分の体」だと思える?
意図を共有し、目標物を視認できれば「他者が操作する腕」の自己身体感は高まる

1つのVRアバターを2人で分担して操作すると「自分の体」だと思える?

バーチャル二人羽織 他者が操作する腕を自分の体に感じられるか?
(画像=左半身と右半身を別々の人が操作する「二人羽織」みたいな実験 / Credit:Toyohashi University of Technology(豊橋技術科学大学)(YouTube)_左右の腕を2人が独立して操作するバーチャルアバターの身体性(2022)、『ナゾロジー』より引用)

研究チームは、1つのVRアバターを2人で分担して操作したときの自己身体感を調査しました。

「バーチャル二人羽織」とも言える状態で、協力してタスクをこなしてもらったのです。

ただこの記事では二人羽織と表現しましたが、実際実験で行われているのは、左右の半身をそれぞれ別の人が操作するというものです。

つまり、右手を含む右半身をある人が操作し、左手を含む左半身を別の人が操作したのです。

1つ目の実験では、アバターの腕にナイフが刺さるときの「皮膚コンダクタンス反応」が測定されました。

バーチャル二人羽織 他者が操作する腕を自分の体に感じられるか?
(画像=VRアバターの腕にナイフが刺さったときの反応を調べる / Credit:北崎充晃(豊橋技術科学大学)ら, Scientific Reports(2022)、『ナゾロジー』より引用)

皮膚コンダクタンス反応とは、ストレスで生じた発汗に伴う電気的変化を評価したものです。

よく緊張する場面のことを「手に汗握る」と表現するように、私たちがストレスを感じるときには、発汗が促されるものです。

皮膚コンダクタンス反応は、この発汗によって対象者がどれほどストレスを感じているか調べる手法なのです。

ちなみに皮膚コンダクタンス反応は、うそ発見器などにも利用されているようです。

VRアバターにナイフを刺す場面で皮膚コンダクタンス反応を調べるなら、本人がアバターの体をどれほど自分の体のように感じているか知ることができるでしょう。

また同様の観点で、自分が操作している腕と他者が操作している腕に対する感じ方の違いも知ることができます。

バーチャル二人羽織 他者が操作する腕を自分の体に感じられるか?
(画像=皮膚にあらわれるストレスのサインから、アバターの身体部位に対する自己身体感の程度が分かる / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

実験の結果、皮膚コンダクタンス反応は、他者が操作する腕と比較して、自分で操作する腕の方が有意に高くなりました。

つまり、この実験で分かるのは、自分で操作する腕の方が危機感を覚えやすく、自分の体として認識しやすい、ということです。

では、他者が操作する腕に対して、自己身体感を高めるにはどうすればよいのでしょうか?

その秘訣は、もう1つの実験で明らかになりました。

意図を共有し、目標物を視認できれば「他者が操作する腕」の自己身体感は高まる

バーチャル二人羽織 他者が操作する腕を自分の体に感じられるか?
(画像=A)両手で同じ目標物体に触る, (B)それぞれで別の目標物体に触る。相手の目標物体が視認できるケース, (C)それぞれで別の目標物体に触る。相手の目標物体は視認できないケース / Credit:Toyohashi University of Technology(豊橋技術科学大学)(YouTube)_左右の腕を2人が独立して操作するバーチャルアバターの身体性(2022、『ナゾロジー』より引用)

別の実験では、2人で操作するアバターを使って、ランダムな位置に出現する目標物体に両手で触るよう求められました。

自分が操作できるのは片方の腕だけですが、パートナーが操作する腕を見ながら、共通の意図をもってタスクをこなすのです。

これ以外にも、別々の目標物体を触るケースや、相手の目標物体が見えないケースでも実験が行われました。

その結果、皮膚コンダクタンス反応と同様、行為主体感(自身の行為を自分で起こしたものだと感じること)と身体所有感(自分の身体部位を見たときに、それが自分の体の一部だと感じること)は、他者が操作する腕と比較して、自分で操作する腕に対して有意に高くなりました。

自分で操作する腕の方が自己身体感が高いのは、当然だと言えますね。

ただし、この実験では次の点も明らかになりました。

「1つの目標物体に触れる」という共通の意図がある場合や、他者の目標物体が見える場合には、他者の目標物体が見えない場合に比べて、他者が操作する腕に対する行為主体感や身体所有感が有意に高くなったのです。

つまり、他者の意図を予測するための視覚情報があれば、他者に制御された腕であっても自己身体感をいくらか向上させられるということです。

バーチャル二人羽織 他者が操作する腕を自分の体に感じられるか?
(画像=自立駆動型義肢に対する自己身体感を高めるには、目標や意図を共有・視認化させるとよい / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

研究チームは、この結果が、マルチタスクの効率化や障がい者支援に役立つと考えています。

例えば、自立駆動型の義肢を装着すると、一般的にユーザーは自分の意志と関係なく動く義肢に対して違和感を覚えるものです。

しかし今回の研究結果から、義肢の目標や意図をユーザーに共有・視認させることで、違和感の軽減につながる可能性があると分かります。

新しい可能性を生み出すVR実験。研究は現在も進行中なので、今後の進展にも期待したいですね。


参考文献

左右の腕を2人が独立して操作するバーチャルアバターの身体性 ~他者が操作する腕の動きの意図を知ることがその腕の自己身体感を高める~(PDF)

元論文

Knowing the intention behind limb movements of a partner increases embodiment towards the limb of joint avatar


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功