昨年、金星の高層にある雲から、生物によって生成される可能性の高い化学物質ホスフィンが検出されたという研究が話題になりました。

この発見は金星の過酷な環境でも、生命が存在する可能性を示すものです。

しかし、1月25日にプレプリントサーバー『arXiv』で発表された新しい研究は、再検証の結果、このデータが二酸化硫黄であり、ホスフィンではなかった可能性を報告しています。

この研究は、NASA、ジョージア工科大学、ワシントン大学などの科学者によるチームから発表されており、科学雑誌『The Astronomical Journal』の査読も通過しているとのことです。

(情報追記:2021年2月23日に論文は『The Astronomical Journal』に掲載されました)

金星の大気中に「生命の痕跡」を発見!微生物が生成する”ホスフィン”が検出される – ナゾロジー

目次
ホスフィンは検出できていなかった?

ホスフィンとは考えられない理由

ホスフィンは検出できていなかった?

金星大気に検出された生命の兆候「ホスフィン」はただの二酸化硫黄だった
(画像=金星大気から検出されたホスフィン。 / Credit:ESO/M. Kornmesser/L. Calçada & NASA/JPL/Caltech、『ナゾロジー』より 引用)

金星は地獄のような環境と表現されるように、表面は高温高圧で、酸性の大気に覆われた惑星です。

しかし、惑星としてはもっとも地球に近いとも言われていて、特に50km上層の大気は、太陽系の中でももっとも地球の気温、大気圧に近い環境だと考えられています。

そのため、金星の高層にある雲の中には、生命(なんらかの微生物)が存在するかもしれないと期待が寄せられているのです。

そんな中で2020年9月に報告されたのが、金星高層の大気中で検出されたホスフィンの存在です。

ホスフィンは、地球上で嫌気性(酸素を嫌う)の微生物が生成する物質として見つかります。

ついに金星上層大気で生命の兆候を掴んだかもしれない、ということで、ホスフィンの検出は話題となったのです。

しかし、多くの科学チームがこの検出については疑問を投げかけていました。

なんだか夢のない意見のようにも思えますが、科学者にとってはこれはとても良いことです。

性急な結論は出さず、まずは疑ってかかり、事実かどうか検証することこそ科学が発展する仕組みであり、新しい発見を論文として世界へ広く発表する意義でもあります。

新たな研究によると、ホスフィンとして検出されていたものは二酸化硫黄だったと述べています。

「この検証は対立仮説と一致しています。二酸化硫黄は金星大気中で3番目にありふれた化合物であり、生命の兆候と見なすことはできません」

今回の研究チームの1人、ワシントン大学ビクトリア・メドウズ教授はそのように説明しています。

一体なぜ、過去の報告は誤りだと考えられるのでしょうか?

ホスフィンとは考えられない理由

遠い惑星の大気中に含まれる化学組成を、科学者たちはどのように見ているのでしょうか?

すべての化合物は、電波、X線、可視光などの電磁スペクトルの固有の周波数を吸収します。

天文学者は、惑星から届く放射の中から、こうした吸収されたスペクトルの特性を調べて、その化学組成を理解しようとしています。

2017年、英国主導で行われたジェームズクラークマクスウェル望遠鏡(JCMT)による金星から電磁放射の観測では、266.94GHz付近にこうした特徴が発見されました。

この周波数の電波を吸収するのは、ホスフィンと二酸化硫黄です。

2019年、この2つを区別するために同じ研究チームがALMA望遠鏡を使用して、金星の追跡観測を行いました。

その結果、金星の二酸化硫黄レベルは低すぎて、266.94GHzの信号を説明することはできなかったため、チームはこれがホスフィンから来ているに違いないという結論を導いたのです。

金星大気に検出された生命の兆候「ホスフィン」はただの二酸化硫黄だった
(画像=266.94GHzの吸収スペクトル。 / Credit:Andrew Lincowski et al.,arXiv(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究チームは、この結論を検証するために、地球の天文台やビーナス・エクスプレスのような探査機が集めた数十年分の金星観測データをもとに、金星大気の放射伝達モデルを作りました。

そして、これを基礎としてJCMTとALMAによって観測された信号が、どのように取得されるかをシミュレートしたのです。

するとJCMTが拾った266.94GHzの信号は、金星の雲層から来ていなかったということがわかりました。

チームの検証によると、信号は金星の中間圏(地表から約80km以上)で発生していたと考えられるのです。

この高度だと、紫外線によりホスフィン分子は1秒未満で破壊されてしまうため、信号の発生源にはなりえません。

「もしこの状況で、検出された信号源をホスフィンだったと仮定した場合、ホスフィンは光合成によって地球大気圏に供給される酸素の約100倍の速度で、金星の中間圏に供給される必要があります」

メンドウズ教授はそのように結果を説明します。

また、研究チームはALMAのデータが、金星の大気中にある二酸化硫黄の量を大幅に過小評価している可能性があることも発見しました。

「2019年のALMA観測地のアンテナ構成では、二酸化硫黄のような金星大気のほぼすべての場所に見られるガスからの信号は、小規模に分布するガスより弱い信号として検出されてしまいます」

NASAジェット推進研究所のアレックス・エイキンス氏はそのように述べています。

このため、ホスフィンの発見を報告した研究では、金星とその雲に対する二酸化硫黄の存在量が、すでに判明していた報告と対立していました。

新しい研究は、金星中間圏の二酸化硫黄の典型的な量が、ホスフィンを必要とせずに、JCMTとALMAの観測データを説明できており、より信頼性は高いと考えられるのです。

金星大気に検出された生命の兆候「ホスフィン」はただの二酸化硫黄だった
(画像=マリナー10号の撮影した金星。 / Credit:NASA/JPL-Caltech、『ナゾロジー』より 引用)

せっかく見つかった生命の兆候が誤りだったとすると、残念な話ですが、金星は依然として謎の多い惑星で探求の余地はまだまだたくさんあります。

こうした疑問と検証の繰り返しの中から、科学は真実を見出すものです。

いずれ確かな生命の兆候が金星から発見されるかもしれません。


元論文

Claimed detection of PH3 in the clouds of Venus is consistent with mesospheric SO2


提供元・ナゾロジー

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