素早く動き回り、不快な羽音を撒き散らす不衛生なイメージがある昆虫「ハエ」。
誰しもハエを丸めた雑誌片手に追い回した経験があることでしょう。
そんなとき疑問に思うのが、恐ろしい回避率を誇るハエの俊敏性です。
「なぜ、こんな小さな生物に攻撃が当たらないんだ……」そんな苛立ちを覚えたことも、一度や二度では済まないでしょう。
しかし、それは仕方のないことかもしれません。
なぜなら、人間とハエでは見えている世界の速度が違っていたのです。
目次
ハエは世界をスローで捉えている
世界を捉える速度「フリッカー融合頻度」
ハエは世界をスローで捉えている
ハエが世界をスローで捉えるとはどういうことでしょうか?
これは彼らの特殊な目の構造にあります。
ディスプレイの表示には、フレームレートというものがあります。これは1秒間に何コマ、画像を表示できるかという能力を示したものです。
このフレームレートは生き物にも存在しています。私たち人間の目は1秒間に60フレームを処理できます。このフレームレートは生き物によって違っていて、例えばカメの目は1秒間に15フレームしか処理できません。
生き物のフレームレートは、目や脳が処理できる時間の分解能を意味しています。フレームレートが下がると、世界の瞬間的な変化が捉えにくくなり、それに対応した行動も取れなくなるのです。
つまり目や脳が処理できるフレームレートが上がると、世界はゆっくり流れて見えます。
カメと人間の例でいうと、カメの目から見る時計の秒針は人間の4倍の速度で動いて見えています。
カメの動きは、私たちからはゆっくり見えますが、カメに言わせれば人間の動きは速すぎる、という感じなのです。
ではハエはどうでしょうか? なんとハエのフレームレートは1秒間250フレームを超えています。
これは時計の秒針が、ハエには人間の約4分の1の速度に見えていることを意味します。
ハエからすれば「てめらの動きはスローすぎてあくびが出るぜ」という感じなのでしょう。
世界を捉える速度「フリッカー融合頻度」
こうした生き物の目や脳が画像を処理できる速度を「フリッカー融合頻度」と呼びます。
一般的には、その生物種が小さければ小さいほどフリッカー融合頻度は速くなります。これは小さいために神経の伝達距離が短くなるということも関係しています。
ケンブリッジ大学のRoger Hardie教授はハエの目の仕組みを研究し、そのフリッカー融合頻度を決定する実験を行いました。
Hardie教授が行ったのは、ハエの目の生きた光受容体に電極を挿入し、LEDのフラッシュにどれだけ反応するかという実験です。
結果、最速のフリッカー融合頻度を記録したのはキラーフライ(ムシヒキアブ)と呼ばれる種で、1秒間に最大400回のLED明滅に反応したのです。
キラーフライは別種のハエを空中で捕まえて食べてしまうという捕食性の種です。
ケンブリッジ大学の Paloma Gonzales-Bellido博士は、キラーフライの驚異的な素早さを示すために、ショウジョウバエを空中で捕まえる様子を動画で撮影しました。
撮影は毎秒1000フレームの記録が可能なカメラが使用されました。
キラーフライのいる水槽にショウジョウバエを放つと、キラーフライは閃光のように飛び立ちました。
博士はその瞬間何が起きたのかわかりませんでした。気づけば次の瞬間、キラーフライは地面にショウジョウバエを組み敷いていたのです。
しかし、カメラのスローモーション映像には、飛び立ったキラーフライが、空中でショウジョウバエの周りを3周もして、前足でショウジョウバエを摑み取り地面に落としている様子が映っていたのです。
それはわずか1秒間の出来事でした。