金融庁は、勤労層の国民に対して、豊かな老後生活のための資産形成を推奨しているのだが、行政目的として、金融機能の高度化による経済の持続的成長を掲げるなかで、経済成長の動因が消費にあり、その消費に占める高齢者の比重が大きい以上、当然のことなのである。
経済の持続的な成長と、国民の安定的な資産形成とは相互規定関係にあって、経済の成長が資産価値の増大をもたらし、それが消費を刺激して経済の成長につながる、この好循環の実現が金融行政の目的とされているのである。逆にいえば、好循環の実現が目標となるのは、現実には、好循環ではなくて、悪循環が支配しているからである。
余命が長期化すれば、老後生活の必要原資は増加するが、現に手元にある取り崩し可能な資産が増大しないと、その資産額を前提にして、生活のほうを倹約して切り詰めるしかない。実際、高齢者の資産は金利ゼロの預貯金に偏在するので、増えるはずもなく、増えない資産が消費抑制、倹約奨励に働いている可能性を否定できない。
他方で、資産を増加させようとする努力は、反対効果として資産の減少を招く危険を伴うから、老後の不安のもとでは極めて困難だと思われ、その結果として、預貯金への偏在が生じていると考えられるのだから、ここには悪循環があるわけだ。
金融庁の政策課題は、様々な施策に具体化されているわけだが、そのなかの大きなものに金融構造改革がある。そこでは、個人の預金が銀行等に集まり、それが融資を通じて産業界に還流する現在の流れを、産業界が発行する債券や株式等を直接に、または投資信託を通じて個人が取得する流れに付け替えることが目指されているのだが、この施策にとっては、高齢者に偏在する預金は極めて重要であると同時に、解を得難い論点である。
そこで、金融庁は、この困難な問題を先送り、「つみたてNISA」を軸にした勤労層の資産形成に論点を絞っているわけだ。つまり、現在の高齢者の悪循環を断つ前に、未来の高齢者、即ち現在の勤労層が同じ悪循環に陥らないようにすることを優先させているのである。
文・森本 紀行
■
森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本 紀行
文・森本 紀行/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
【関連記事】
・「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
・大人の発達障害検査をしに行った時の話
・反原発国はオーストリアに続け?
・SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
・強迫的に縁起をかついではいませんか?