アメリカではよく、冬の寒い時期になると、イグアナが樹上から地面に落っこちて、ピクリとも動かなくなります。
これは、爬虫類が外気温に体温を依存する「冷血動物(外温性)」であり、血が冷えすぎるために起こります。
一方で、私たち哺乳類は、自ら熱を作り出し、体温を安定して維持できる「温血動物(内温性)」です。
そのおかげで、哺乳類は地球上のあらゆる環境で優位な地位を占めることに成功しました。
しかし今のところ、哺乳類の祖先がいつ内温性を獲得したのかは、正確にわかっていません。
そこで、南ア・ウィットウォーターズランド大学(Wits University)を中心とする国際研究チームは、世界中から見つかった「内耳」の化石を用いて、この革命的な進化イベントの発生時期を調査。
その結果、内温性は、約2億年前の三畳紀後期に出現した哺乳類より以前の、約2億3300万年前に哺乳類の祖先において獲得されたことが明らかになりました。
しかし、なぜ「内耳」の化石を調査対象としたのでしょうか?
研究の詳細は、2022年7月20日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
目次
なぜ「内耳」を調べなければならないのか?
内温性は約2億3300万年前に獲得されていた!
なぜ「内耳」を調べなければならないのか?
内耳とは、耳のもっとも奥にある器官で、聴覚を機能させるための蝸牛と、平衡感覚を司る三半規管を含んでいます。
三半規管は、三次元の空間に広がっており、その中を「リンパ液」という液体が流れています。
頭や体を動かしたときにリンパ液の流れが変わることで、前後・左右・上下といった体のバランス情報が得られるのです。
このリンパ液の粘性、いわば”流れやすさ”は、三半規管が頭の動きや回転を効率的に検出し、平衡感覚を維持するために欠かせない指標となっています。
そして、リンパ液は他の液体とどうように温度によって”流れやすさ”が変化します。
ハチミツが、冷たい場所では固くなり、温かい場所ではサラサラになるのをイメージするとわかりやすいかもしれません。
そのため、生物のもつ内耳の大きさは、その生物の体温によって異なってきます。
これまでの研究によると、冷血動物の場合、「平均体温が低い=リンパ液がドロドロ」なので、リンパ液が詰まらないよう、三半規管は大きい傾向があるとわかっています。
反対に、温血動物の場合、「平均体温が高い=リンパ液がサラサラ」なので、そもそもリンパ液が詰まりにくく、三半規管は小さくて済むのです。
こうした理由で、生物の内耳のサイズから、その生物がどんな体温をしているか推測することができるのです。
以上の知見をもとに、研究チームは、世界中から集めた哺乳類の祖先の「内耳」を調べ、三半規管のサイズ変化から、内温性の発生時期を特定することにしました。
内温性は約2億3300万年前に獲得されていた!
チームは、最先端のCTスキャン技術と3Dモデリングを駆使して、数十種におよぶ哺乳類の祖先の内耳をデジタル復元し、内温性がいつ現れたかを調査。
その結果、南アフリカのカルー(Karoo)地方で採取された約2億3300万年前の化石から、リンパ液の急な粘性変化に、内耳の形状が適応した証拠が発見されました。
カルー地方は、爬虫類から哺乳類への進化の変遷を克明に記録した化石が産出する場所として知られます。
これまでの研究によると、内温性の発生は、ペルム紀・三畳紀の境界に近い約2億5200万年前か、あるいは、哺乳類の出現に近い三畳紀後期の約2億年前と予想されていました。
しかし、今回の結果は、その中間に当たる約2億3300万年前に、哺乳類の祖先によって内温性が獲得されたことを示します。
この新たに提示された年代は、ヒゲや毛皮など、いわゆる”哺乳類らしさ”と関連付けられる形質の多くが、従来の予想よりも早く進化したことを示す最近の研究結果と一致するものです。
内耳のサイズをもとにした研究であるため、この報告が単に温暖な気候であったために生物の体温が高く保たれ、内耳が縮小したのではないか、という推測もできますが研究者はその考えを否定します。
当時のカルー地方は大陸移動のモデルに従えば、南極に近い位置にあったため、温暖な気候だったとは考えられないのです。
研究主任のジュリアン・ブノワ(Julien Benoit)氏は「当時の南アフリカの気候は平均して寒かったので、内耳の形状変化は、哺乳類の祖先の平均体温が上昇したことで生じたといえるでしょう」と指摘します。
ブノワ氏は、今回発見された内耳の形状の変化から、哺乳類の祖先の平均体温は約5〜9度も急激に上昇しただろうと述べています。
さらに今回の結果、温血動物への進化的移行が、予想を上回る早さで達成されたことを示唆しています。
研究主任の一人で、ポルトガル・リスボン大学(University of Lisbon)のリカルド・アラウージョ(Ricardo Araújo)氏は「事前の予想とは違い、内温性の獲得が地質学的に見て非常に早く、100万年足らずで起こったことを示している」と説明。
「これまで考えられていたような何千万年という時間をかけた緩やかなプロセスではなく、のちの哺乳類につづく新しい代謝経路と毛皮の獲得が引き金となって、急速に達成されたのかもしれません」と述べています。
この進化スピードの速さは、内温性があらゆる環境で生き延びていくのに有利だったことも示しているでしょう。
地球の歴史的には、一部の生物が内温性が獲得した直後から、空前の恐竜時代に突入しますが、哺乳類はその陰で「いつか自分たちの時代が来る」と確信していたのかもしれません。
参考文献
The Mystery of When Warm-Blooded Mammals Evolved May Finally Be Solved
Mammals were not the first to be warm-blooded
元論文
Inner ear biomechanics reveals a Late Triassic origin for mammalian endothermy
提供元・ナゾロジー
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