昨今の円安論について今年の春先、115円を抜ける頃に私は良くない円安と申し上げました。その後、この発言を修正し、円相場には良いも悪いもないとさせて頂きました。ここでリフレ派をサポートした安倍氏が死去したことを踏まえ、日銀の勢力関係さらにはリフレ派の声の大きさがかき消される可能性も考えてみましたが、結局、黒田総裁の任期が来年4月とさほど遠い時期ではないことを踏まえれば今更、黒田氏が突然、金融政策の方向転換をすることもないだろうと考えていました。

実際、昨日の日銀の政策決定会合では引き続き緩和スタンスを変えず、という明白なポジションとなりました。

為替を目先の動きで捉えるのではなく、国力という観点から捉えた時、今の円安は日銀がそう誘導しているというよりそうならざるを得ないほど日本経済は傷んでいるといったほうが正しいのではないかという仮説を考えています。黒田総裁は昨日の記者会見でドルの独歩高と述べましたが、それはアメリカには金利をあげられる国力があるということの裏返しなのです。

日本のチカラを映し出す「為替力」
MicroStockHub/iStock(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

超長期のドル円相場を見てみましょう。1971年12月のスミソニアン協定で360円の固定相場は一気に308円になります。72年から80年代半ばまでは激しい為替変動で73年2月に265円だったものが75年には300円を割り込む円安をつけます。それを底に78年の152円までわずか3年で円の価値が2倍まで駆け上がります。

更に続く激しい動きの中で円安傾向となる中、85年9月のプラザ合意で円は87年の122円という水準まで反転します。円高はその後も進み、95年4月に79円台をつけます。そこから今日に至るまで大きなレンジ相場といってよいでしょう。

円が80年代後半に急速に高くなったのはプラザ合意でドル安を容認させたこともありますが、それは日本にも火の粉が飛んだアメリカの貿易赤字に配慮するというものでした。つまり、基軸通貨を守るため、アメリカを守るため、ドル安を演出したわけです。

しかしこれにより、円高効果で日本企業の海外投資と海外不動産投資ブームを誘発し、日本はバブル経済が最高潮に達するのです。つまりバブル経済の引き金の一つにプラザ合意による円高は当然ながら理由の一つであったわけです。

株価だけを見れば89年末がピークですが、日本経済は突然活力を失ったわけではなく、90年代はもがきながらもまだ頑張っていました。バブル崩壊は海外事業、不動産や金融には強烈な打撃でしたが製造業はそこまで悪くなかったし、高度成長期を謳歌した人材はまだ現役そのものだったのです。

2000年代に入ると日銀の政策金利は地を這う状態が続きます。今世紀に入って政策金利は一度も1%を超えたことはありません。2006-08年に少しだけ上がったことがありますが、日銀の政策に痛烈な批判が各方面から上がり、日銀は白旗状態になります。このブログのコメント欄にもその当時の政策批判のコメントがかつてよく上がっていたのを覚えています。

当時言われたのが(15年もたっているのに)バブル崩壊の病み上がりの身に企業の借り入れコストは上がる、個人の住宅ローン金利はあがるでは日本経済を崩壊させるのか、というほぼ恫喝に近い論調であります。あの当時、メディアはタッグマッチを組み外堀を埋め、日銀の専門家集団を日本中が囲い込むようなものでした。日本は怖い国だと海外で見ていたのをよく覚えています。

さて、この長い為替の歴史を踏まえ、黒田総裁が総裁任期10年間の総括を行っているわけですが、結論的に言うと2%のインフレは一時的には達成しているが、「2%の物価安定目標を持続的安定的に行えるようにする」という日銀のステートメントが未了なのです。そしてIMFのゲオルギエバ専務理事が「原油高などでインフレ率が2%台に乗った日本は世界経済の減速を踏まえればインフレ率は再び2%未満になる」と予測しています。

つまり、今後、原油価格などが下がれば日本の物価水準はまた2%割れになるだろうとしています。その上で「持続的に2%のインフレ目標を達成できる状況にないことから日銀の金融緩和が正しい選択であることに変わりはない」(以上日経より)と結論付けています。

これは何を意味するのか、といえば今世紀に入って日本は相対的な経済力が中国、韓国といった地政学的に同位置にある強力なライバルが追い上げ、日本がかつて謳歌した産業とガチンコ勝負で疲弊し、構造変化や新たなチャレンジが進まなかったともいえます。

これをいうと嫌な顔をする方が多いのは承知ですが、見ないふりをするわけにはいかないのです。「そこまで日本は落ちぶれていない」というのは気持ちはありがたく頂戴しますが、病人に向かって「元気そうじゃない」というようなもので実際には確実に真綿で首を絞められている状態です。教育、ジェンダーギャップ、人口増加率から各種経済統計までほぼほぼ厳しい数字が並び、しかも悪化しているのが現状です。

とすれば為替が100円前後だった時代は日本の幻想で一部で1ドル200円を突破するという極論が極論ではなくなるのかもしれないと思い始めたのです。目先だけ見れば為替は刻々と動くので円高へ修正局面は一時的に来ると思いますが、長期的視野に立てば輸入物価インフレが国内経済に厳しく影響する1ドル200円時代を受け入れ、現状認識を新たにして経済のギアを入れ替えるぐらいの大変革が必要なのかもしれません。

為替チャートを見ると仮に145円を超える円安になると260円まで大きな節目がありません。考え方一つなのですが、バブル期から今日までの30数年間もがいた出口が円安だった、それは日本がいよいよ抵抗力をなくし、当時の主力労働層が完全リタイアし、日本が真の意味での再構築をすることにようやく舵を切れる時が来た、ともいえるのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

文・岡本 裕明

編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年7月22日の記事より転載させていただきました。

文・岡本 裕明/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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