患者の遺伝子を書き換える遺伝子治療がまた実現しました。

米国アラバマ大学で行われた研究によれば、鎌状赤血球症と呼ばれる特殊な遺伝病を遺伝子治療によって治療することに成功した、とのこと。

鎌状赤血球症は、高校の生物の教科書にも登場する、古くから知られる遺伝病であり、治療困難な難病として知られていました。

しかし正常な遺伝子を改造された「有名なウイルス」を使って細胞内に送り込むことで、遺伝子治療を成功させることができました。

研究内容の詳細は12月12日に、世界5大医学雑誌の筆頭である『New England Journal of Medicine』に掲載されています。

目次
遺伝子治療で鎌状赤血球症を治療することに成功!
元エイズウイルスが遺伝治療の鍵となる

遺伝子治療で鎌状赤血球症を治療することに成功!

エイズウイルスを利用した遺伝子治療で鎌状赤血球症を治療することに成功!
(画像=遺伝子治療で鎌状赤血球症を治療することに成功! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

鎌状赤血球症は主にマラリアの蔓延している地域にみられる、赤血球がおわん型から鎌型に変形してしまう遺伝病です。

鎌状赤血球症を発症すると、酸素運搬能力が低下して頻繁な貧血を起こすだけでなく、鎌型の赤血球が血管に詰まりやすくなり、血流が止まって臓器が壊死することで、早期の死亡(40代)を引き起こします。

通常、このような生存に不利な遺伝特性は淘汰によって消えていくはずですが、マラリアの蔓延している地域では違いました。

マラリア原虫は赤血球に入り込んで喰い荒らし増殖する性質がありますが、鎌状の赤血球は非常にもろく、マラリア原虫が入り込むと直ぐに崩壊してしまいます。

そのためマラリアは増殖できず、結果として鎌状赤血球を持つ人々はマラリアにかかっても死ににくくなります。

かつてマラリアは非常に死亡率が高い病気であったため、鎌状赤血球の遺伝子を持つことが生存にとって有利でもあったのです。

鎌状赤血球症を引き起こす遺伝子は、人類が病原体と戦うために獲得した、悲しい進化の結果とも言えるでしょう。

しかし現在、マラリアにはキニーネに代表される治療薬の開発が進んでおり毎年の死者は40万人にまで減っています。

一方、鎌状赤血球症に対しては、原因が遺伝子にあるため、根本的な治療法が存在しませんでした。

そこで今回、アラバマ大学の研究者たちは、鎌状赤血球症の人々の遺伝子を書き換えて、正常な赤血球を作れるようにする「遺伝子治療」を試みました。

研究者たちはまず、鎌状赤血球症の被験者35人の骨髄から、血を作る大元の細胞(造血幹細胞)を抜きとり、無害な「レンチウイルス」を使って正常な赤血球を作れる遺伝子を細胞に運び込みました。

そして遺伝子を書き換えた幹細胞を、再び被験者たちの骨髄に戻します。

結果、35人の被験者全員で正常な赤血球が作られるようになり、鎌状赤血球症の症状の多くを数年に渡って解消することに成功します。

この結果は、正常な遺伝子を外部から補給する遺伝子治療によって鎌状赤血球症が治療可能であることを示します。

しかし、ここまで劇的な効果をもたらした「レンチウイルス」とは、いったい何者なのでしょうか?

人間の細胞を的確に認識して感染し、手際よく(副作用も少なく)遺伝子を潜り込ませる様は、普通ではありません。

それもそのはず…現在最も一般的に利用されているレンチウイルスはかつて「HIV-1」と呼ばれた存在だったからです。

元エイズウイルスが遺伝治療の鍵となる

エイズウイルスを利用した遺伝子治療で鎌状赤血球症を治療することに成功!
(画像=遺伝子治療に用いられるレンチウイルスは元エイズウイルスだった / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

最も一般的に使われているレンチウイルスは、実はエイズウイルスを元に作られています。

エイズウイルスの厄介な点として、自分の遺伝情報を人間のDNAに紛れ込ませる能力があげられます。

細胞が分裂すれば、組み込まれたエイズウイルスの遺伝子もまた複製されて、倍の速度での増殖がはじまります。

しかし病原体としては厄介な性質でも、加えた遺伝子をしっかりDNAに組み込んで細胞分裂後も継承させるという点は、遺伝子治療には利点となります。

そこで研究者たちはエイズウイルスの遺伝子を操作し、病原性と増殖性を奪い、代わりに正常な赤血球を作るための遺伝子を、感染を通して被験者のDNA内部に運び込む「運び屋」に変えてしまったのです。

同様の仕組みを持つウイルスとしてレトロウイルスが知られていましたが、レトロウイルスが遺伝子を運び込めるのは、細胞が分裂中のときのみ。

そのため効率が悪く、効果は十分とは言えませんでした。

一方、エイズ上がりのレンチウイルスは基本的にいつでも細胞に感染して遺伝子を運び込むことができます。

難敵を改造して武器に変えることで、古くから知られる遺伝病「鎌状赤血球症」が治療可能になりました。