失敗を恐れるあまり、最初の一歩が踏み出せない原因は、”両親の期待”という幼少期からの呪縛にあるかもしれません。

英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の新たな研究によると、近年、親による過度な期待や批判的な教育が増加しており、それに伴って、若い世代の間で「完璧主義(perfectionism)」が増えていることが明らかになりました。

幼い頃から「勉強しなさい」「良い大学に入りなさい」とプレッシャーをかけ続けられたことが、若者に「ミスは許されない」という気持ちを植えつけているようです。

しかし、その根本的な責任は、親よりもむしろ、個人主義や他者との競争をますます激化させている現代社会にある、と研究チームは指摘しています。

研究の詳細は、学術誌『Psychological Bulletin』に掲載されました。

目次
完璧主義には3つのタイプがある
真の原因は「競争社会」にあり?

完璧主義には3つのタイプがある

親のプレッシャーが若い世代の「完璧主義」を増加させていた!
(画像=3タイプの完璧主義とは / Credit: canva、『ナゾロジー』より引用)

完璧主義は、ミスや欠点に対し過度に批判的である点で一致しますが、実は、3つのタイプに分けられます。

1つ目は、「自己志向型・完璧主義(SOP: self-oriented perfectionism)」で、自分の成功のために自分に厳しくなるタイプを指します。

いわば、自己に完璧さを求める”めちゃくちゃストイックな人”のことです。

2つ目は、「他者志向型・完璧主義(OOP: other-oriented perfectionism)」で、自分ではなく、他人に厳しくなるタイプを指します。

教え子に厳しい”鬼コーチ”をイメージするとわかりやすいでしょう。

そして3つ目は、「社会規定型・完璧主義(SPP: socially prescribed perfectionism)」で、他者に完璧さを求められることで、自分に厳しくなるタイプを指します。

つまり、親の期待によって生じる完璧主義は、これに当たります。

この完璧主義は、抑うつや不安障害などを引き起こすリスクが3つの中で最も高く、専門家は若者における社会規定型(SPP)の増加をとくに懸念しているのです。

親の期待が強いほど、完璧主義が助長される

研究チームは今回、アメリカ、イギリス、カナダで過去に実施された調査データを対象に、2つのメタ分析を行いました。

メタ分析というのは過去に報告された複数の同系統の統計的研究を比較して、改めて分析評価し直す研究手法です。

そして第一に、若い世代における完璧主義が、親のプレッシャーといかに相関するかを検証すべく、21の先行研究を分析。

これらの研究は、1991年から2020年の間に実施されたもので、9歳から43歳までの計7060人が参加し、そのすべてで「完璧主義・親の期待・親による批判的教育」に関する評価・測定が行われています。

メタ分析の結果、「親からの期待やプレッシャーを強く感じている」と報告した参加者ほど、完璧主義の度合いも高くなることが示されました。

親のプレッシャーが若い世代の「完璧主義」を増加させていた!
(画像=親のプレッシャーが強いほど、完璧主義になりやすい / Credit: canva、『ナゾロジー』より引用)

第二に、親からの期待やプレッシャーに対する若者の認識が、時代ごとにどう変化したかを調べるため、時系列でのメタ分析を実施。

これは、1991年から2021年の間に行われた82件の研究に対して行われ、18歳から23歳の大学生、計2万3975人が含まれていました。

分析の結果、親からの期待やプレッシャーに対する若者の認識は時代とともに増大し、最近の世代ほど、過去の世代よりも「親からの圧力が強い」と感じる傾向にあったのです。

この結果は「現代の親ほど、子どもの学習状況に対し監視的・介入的になっている」という最近の研究報告と一致しています。

つまり、時代とともに親の教育的熱心さが高まっており、それに伴って、社会規定型の完璧主義が若者の間で増加していると結論できるのです。

では、この責任のすべてを親にのみ負わせることは可能なのでしょうか?

これについて、研究主任のトーマス・カラン(Thomas Curran)氏は「ノー」と答えます。

真の原因は「競争社会」にあり?

カラン氏によると、親によるプレッシャーが増加した根本的な原因は、個人主義や他者との競争を奨励する昨今の社会、具体的には”新自由主義的な社会”にあると指摘します。

”新自由主義”とは、簡単に言えば、「政府による社会への介入を最小限にしよう」という立場です。

たとえば、政府が積極的に社会に介入すれば、社会保障もしっかり整備されるので、貧富の差は生まれづらくなります。

その一方で、市場や企業の活動が大幅に制限されるため、国の経済は停滞しやすくなります。

そこで、政府が一歩後ろに下がり、企業に自由に競争してもらうことで、経済を活性化させられるのです。

ところが、これは弱肉強食の世界であり、競争についていけない人は貧困に陥り、社会保障も手薄になるため、貧富の差が一気に拡大します。

よくアメリカは国民健康保険がないため、医療費がやばいみたいな話を聞くことがあると思いますが、これはアメリカでは新自由主義の導入が進んでいるためです。

つまり、新自由主義とは、誤解を恐れずに言ってしまえば、「国に頼らず、自分の力でなんとかせよ」という姿勢なのです。

親のプレッシャーが若い世代の「完璧主義」を増加させていた!
(画像=競争を促す新自由主義が真の原因か? / Credit: canva、『ナゾロジー』より引用)

そうなると、親は「どうにかピラミッドの上へのし上がってほしい」と教育熱心になる→ますます子どものプレッシャーとなる→「ミスは許されない」という気持ちを助長し、完璧主義の若者が増える…

こうした悪循環に陥ってしまうのです。

この視座に立って、カラン氏は「本当の原因は親ではなく、現代社会のシステムにあり、競争を促す新自由主義が、親や子どもの大きなプレッシャーとなっているのかもしれない」と説明します。

そして忘れてならないのは、この社会規定型の完璧主義が、抑うつや不安障害などの原因になることです。

青少年の精神疾患は年々、増加傾向にあり、それらは最悪の場合、自殺という悲劇的な事態につながりかねません。

今回の研究は、欧米を対象にしたもので、日本は調査されてはいませんが、格差の問題は日本でも取り沙汰されることが多いため、決して他所の国の問題とはいえないでしょう。

最近の学校教育の現場では、運動会の徒競走から順位をなくしたり、成績の順位を発表しないなど競争させない方針を耳にすることがありますが、実際の社会では競争は激化しているようです。


参考文献

Young adults today are more perfectionist and report more pressure from their parents than previous generations

元論文

Young people’s perceptions of their parents’ expectations and criticism are increasing over time: Implications for perfectionism.


提供元・ナゾロジー

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