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熱が伝わる原理
真空を飛び越える熱エネルギー

「量子のゆらぎ」によって真空中でも熱が伝わると判明
(画像=Credit:Zhang Lab,UC Berkeley、『ナゾロジー』より引用)

point

  • 熱は原子や分子の運動エネルギーであるため、基本的に音と同様に真空中は伝わらない
  • 新しい研究は、ナノスケールの真空の隙間では量子のゆらぎによって熱が伝わることを証明した
  • 熱放射以外の真空中の熱伝達は、ナノテクノロジーの分野で部品の設計などに影響を与える可能性がある

温度、熱というものの正体は原子や分子の持つ運動エネルギーです。夏が暑いのは空気中の分子が高い運動エネルギーを持っていて、肌にバンバンぶつかってエネルギーを伝えてくるためです。

そのため、通常、真空中には熱が伝わりません。あるとしたら物体の電磁放射(熱放射)による熱の伝達ですが、この効果は非常にわずかです。

魔法瓶が暖かいお茶や冷たい氷水をそのままの温度で保存しておけるのは、この原理を利用して容器の内側を真空の層で囲んでいるためです。

しかし、こんな基本的な古典力学の原理さえ、量子力学の世界では無視されることが新たな研究によって示されました。

12月11日付で英国科学雑誌『nature』に掲載された研究では、カシミール効果による量子のゆらぎによって、数百ナノメートルの完全な真空をジャンプして、熱が伝達されるという事実を報告しています。

該当の論文は米国カリフォルニア大学バークレー校の研究者King Yan Fong氏を筆頭とする研究チームより発表されています。

Phonon heat transfer across a vacuum through quantum fluctuations

熱が伝わる原理

熱が伝わる原理には3つのモードがあります。

「量子のゆらぎ」によって真空中でも熱が伝わると判明
(画像=Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

1つは固体の熱伝導で、分子の振動(運動エネルギー)が直接伝わるものです。火で鉄の棒を熱すれば、火に直接当たっていない部分まで熱くなるのは、これが原因です。

2つ目も1つ目と同じことですが、こちらは対流の熱伝導と呼ばれるもので、気体や液体に触れて熱が移動していくものです。エンジンを冷却水で冷やすラジエーターやCPUの熱を放熱板からファンの風で冷やすのはこの原理を利用しています。

3つは熱放射(輻射)による熱エネルギーの伝達です。太陽の熱が真空に近い宇宙空間を超えて伝わるのは、太陽から放たれた電磁波のエネルギーが地球の分子を振動させるためです。

魔法瓶の内側が鏡張りになっているのも、この熱放射で内容物が冷めるのを防ぐためです。ただ、この放射による熱の伝達効率は極めて低いことが知られています。

今回の実験は、非常に薄い窒化ケイ素膜を使い、これを数百ナノメートルの真空中に並べて行われました。このスケールでは輻射による熱の伝達は十分に無視できます。

こうなると熱は振動による伝達しかできなくなりますが、この距離の真空中を媒質なしに熱が伝わることはできません。

真空を飛び越える熱エネルギー

「量子のゆらぎ」によって真空中でも熱が伝わると判明
(画像=Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

熱が振動によって伝わるという現象は、量子力学的にはフォノンの伝達として理解されます。

フォノンというのは音子とも呼ばれる仮定上の素粒子で、原子の振動により発生します。例えば音は空気の振動によって私たちの耳に伝わりますが、では原子1つが震えて出る音とは何なのでしょうか?

こうした考えから、量子力学の世界では、原子1つが震えることで伝達される振動をフォノンという素粒子に置き換えて考えます。

振動の伝達を担うものがフォノンとすると、熱エネルギーの伝達もこのフォノンが担っていると考えることができます。

今回の実験は膜同士の距離が数百ナノメートル離れています。非常に狭く感じますが、これは原子1000個分のギャップに相当し、フォノンは媒質なしでこの距離を飛び越えることはできません。

ところが、この真空中の窒化ケイ素の片方の膜を加熱すると、もう一方の膜に熱が伝わり温まったのです。

不思議な話ですが、実はこのことはカシミール効果と呼ばれる現象から説明できるのです。