多くの原子は磁石としての性質を持っており、外部から強い磁気をかけると、原子の磁極(N極かS極)が統一されることが知られています。

医療現場で用いられるMRIは磁気を発生させる装置(ドーナツ型のコイルで)を供えており、内臓ごとの原子の「磁極化の差」を検知することで、人体の内部構造を把握できるのです。

しかし、磁場は空間的に広がるため、狙った原子以外の磁極にも影響してしまいます。

そのため現代のMRIの精度には限界があり、他の磁極制御を必要とする技術の進歩も大きく制約されていました。

磁気の代わりに電気を使うことで「単一の原子レベル」の磁極制御を可能だとする理論が58年前に提唱されていましたが、具体的にどうすればいいかは誰もわかっていませんでした。

しかし今回、オーストラリアの研究者たちが、実験中に偶然壊れた機械のお陰で、単一原子の磁極制御に成功しました。

現在の科学技術は「単一原子の磁極を電気で制御できない」という前提の上に成り立っているために、今回の研究は全てを変える力を持っています。

研究者たちはどうやって、科学の歴史を塗り替えたのでしょうか?

そして今回の研究成果は、何を可能にするのでしょうか?

目次
実験機械が偶然壊れたお陰で、核電気共鳴が発生していた
実験装置の構築

実験機械が偶然壊れたお陰で、核電気共鳴が発生していた

ノーベル賞級!? 壊れた機械によって偶然「核電気」共鳴法が発見される!
(画像=MRIは核磁気共鳴法を使った装置である/Credit:UNSW.youtube、『ナゾロジー』より引用)

現代の科学技術は、多くが原子の磁極変化を利用しています。

MRIでは、まず外部磁気を用いて体全体の水素原子の磁極をそろえることが必要です。

時間が経過すると、そろえた磁極は次第に解消されていきますが、脳や内臓、骨といった組織ごとに、磁極率解消までの時間は異なります。

MRIはこの磁極率の差を測定することで、内臓の構造を描き出しているのです。

このような、磁気を使った原子の磁極統一は「核磁気共鳴法」(原子核を磁気で共鳴させる方法)と呼ばれる技術として知られています。

現在、核磁気共鳴は医療をはじめ、化学、鉱業など、現在社会を支える主要な技術の一つとなっています。

ですが、核磁気共鳴に用いる磁気は空間的に広がるために、ナノレベルや単一原子レベルの磁極制御はできません。

一方、58年前に磁気の代わりに電気を使うことで単一原子レベルの制御も可能であるとする理論が打ち立てられました。

電気は磁気とは異なり、細い針のような電極を使うことで、ピンポイントで原子の制御が可能です。

例えば、砂鉄の山の中に磁石を近づけるとすべて付いてきてしまいますが、核電気共鳴法を使えば一粒だけ取り出せるようなものです。

この2つの方法の違いは、ナノレベルの微小な構造を制御する機器の性能に、決定的な差をうみます。

しかし長年にわたる多くの研究者たちの努力にもかかわらず、具体的にどうやったら核電気共鳴が実現できるかは、不明のままでした。

論文を執筆したアサード氏らも、当初は核磁気共鳴を工夫することで、アンチモン(原子番号51の半金属)の原子に対する磁極変化を試していました。

実験にあたって使われた核磁気共鳴は、微小なアンテナを用いる方法で、アンテナに電気を通すことで磁気を発生させます。

ノーベル賞級!? 壊れた機械によって偶然「核電気」共鳴法が発見される!
(画像=実験に使った磁気を発生させるアンテナが、通電後にダメージを受けている/Credit:naure、『ナゾロジー』より引用)

ところが、流す電流が多すぎたせいで、アンテナが焼ききれ、磁気を発生させる代わりに電気の漏電を起こしてしまったのです。

ですが奇妙なことに、この電気の漏電が起きると、アンチモン原子に共鳴が起きていたことが判明しました。

アサード氏らは頭を抱えました。

磁気がないのに核磁気共鳴が起こるはずがありません。

しかしアサード氏らは発想の転換を行い「磁気ではなく電気が原子を共鳴させた」と、仮説を立てました。

つまり、失敗しかけた自分たちの研究が、理論だけの存在であった核電気共鳴を起こしたと考えたのです。

仮説が正しければ、史上初の単一原子に対する核電気共鳴の成功例は既に手の内にあることになります。

あとは58年ごしの不可能を可能にし、常識を一つ変えるだけです。

実験装置の構築

ノーベル賞級!? 壊れた機械によって偶然「核電気」共鳴法が発見される!
(画像=磁気と電気の両方を使って原子の磁極を制御する装置のイメージ画像/Credit:UNSW.youtube、『ナゾロジー』より引用)

アサード氏らは電気による原子の磁極変化を証明するために、上図のような特別な装置を作りました。

まず磁気を発生させるアンテナ(右)と電気を発生させる電極(左)を、アンチモン原子(下の黄色い玉)が埋め込まれたシリコンチップ(黒)の上に配置します。

仮説が正しければ、電極に電気を通した時の原子は磁気を加えた時と同じ反時計方向に回転して、上側がN極になるはずです。

研究者たちは、今度は壊れないように慎重に装置を組み立て、実験を行いました。

結果は大成功で、左側から伸びる電極から電気が発せられると、原子の磁極は上側がN極になりました。

核電気共鳴が実証された瞬間です。

また研究者たちはコンピューターモデリングを使って、電気が原子の磁極にどのように影響するかも調べました。

近年の目覚ましいコンピューター技術の発展は、原子内部の様子をほぼ完璧に模倣することを可能にしています。

シミュレーションの結果、電気が核のまわりの原子結合を歪めることで、原子の磁極変化が起きていたことがわかりました。