ヒトを男性と女性に分けるのは、細胞の中にある性染色体です。

女性はXX型の染色体をもち、男性がXY型の染色体をもっています。

そして最近、大阪公立大学・大学院医学研究科に所属する佐野 宗一(さの そういち)氏ら研究チームは、高齢男性の白血球にみられるY染色体の喪失が、心臓病の発症リスクを増大させていると発表しました。

この発見は、心臓病の死亡率を低減させられるのに役立つかもしれません。

研究の詳細は、2022年7月14日付の科学誌『Science』に掲載されました。

目次
男性の老化とY染色体喪失
マウスのY染色体を喪失させると心臓病のリスクが高まる

男性の老化とY染色体喪失

男性特有のY染色体は、加齢に伴って徐々になくなっていくことが知られています。

この現象は、「Y染色体喪失」と呼ばれており、主に血液細胞である白血球で生じます。

70歳以上の男性の40%は、血液が正常な細胞とY染色体が喪失した細胞が入り混じった「モザイク状態」になっていると言われています。

男性の方が平均寿命短い理由 「男性しか持たないY染色体の喪失」が関連
(画像=加齢によってY染色体が失われ、細胞のモザイク化が進む / Credit:Depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

Y染色体喪失とモザイク化は、高齢の男性にとって一般的な症状なのですね。

ちなみに、Y染色体喪失は生殖細胞では生じないため、子供に受け継がれて、「Y染色体のない子がどんどん広がっていく」ということはありません。

では、この白血球におけるY染色体喪失は、男性に対してどのような影響を与えるのでしょうか?

これまでY染色体は、「ただ性別を男性にするだけの役割しかもたない」と考えられてきました。

しかし近年の研究から、Y染色体喪失は、寿命の短縮やアルツハイマー病、また心臓病などと関連していると判明。

もちろん、関連があるからといって、直接的な因果関係が証明されたわけではありません。

「老化した結果、心臓病やアルツハイマー病、そしてY染色体喪失が生じやすくなる」のか、もしくは、「Y染色体喪失によって、心臓病やアルツハイマー病のリスクが高まる」のか判断できていないのです。

では、因果関係を明らかにするにはどうすれば良いでしょうか?

老化していないサンプルで、Y染色体を強制的に喪失させ、健康状態がどのように変化するのか調べれば良いのです。

今回研究チームは、この問題をマウス実験で検証することにしました。

マウスのY染色体を喪失させると心臓病のリスクが高まる

研究チームは、ゲノム編集ツールを使って、白血球にY染色体をもたないマウスを作りました。

単にY染色体を喪失させるだけでなく、高齢のヒトを模倣した血中細胞のモザイク状態を作り出しています。

男性の方が平均寿命短い理由 「男性しか持たないY染色体の喪失」が関連
(画像=ゲノム編集ツールによってマウスのY染色体を喪失させる / Credit:Depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

その結果、Y染色体喪失マウスは、通常のマウスに比べて短命で、心臓の組織が硬くなりやすく、心不全につながる心筋繊維化(心臓の結合組織が過剰に増殖する現象)も生じていました。

つまりマウスでは、Y染色体喪失によって心臓病のリスクが高まると分かったのです。

次に研究チームは、この発見をヒトのデータと比較するため、イギリスのバイオバンクデータを分析しました。

これには、高齢者約50万人の遺伝情報と健康情報を数十年にわたって収集したデータが収められています。

その結果、白血球のY染色体喪失が検出された男性は、平均11年間の調査期間中に心臓病で死亡するリスクが高いと判明しました。

Y染色体喪失が一定の割合以上だと、心不全を発症する確率が1.8倍になるようです。

特に血液細胞の40%以上のY染色体が失われると、そうでない人に比べて心不全や高血圧性心疾患によって死亡する確率が3.5倍に上昇していました。

そのため研究チームは、「この観察は、マウスモデルで得られた結果と一致しており、Y染色体喪失のモザイク化が、ヒトにおいても直接的な影響を及ぼすことを示唆している」と結論付けました。

そして男性にのみ起こるY染色体喪失による健康悪化が、女性より男性の寿命が短い理由のかなりの部分を占めていると述べました。

つまりY染色体喪失の影響を抑える薬を開発できれば、男性の寿命を女性の寿命に近づけられる可能性があるのです。

早速研究者たちは、Y染色体喪失を起こしたオスマウスたちを使った、治療薬の探索を行いました。