これからの季節、夏になると急増する昆虫『カ』。人間を吸血し、人間の肌に腫れと痒みをもたらす身近で厄介な昆虫です。

漢字表記ですと『蚊』と書きますが、なぜ虫偏に『文』と書くかご存知でしょうか? これはダジャレになっており、ブ~ン(文)という音と共に飛んでくることが由来しています。

夏になると『蚊避けグッズ』や『刺された患部用の塗り薬』の宣伝がたくさんされる事すら風物詩となっており、『蚊』『蚊帳』『ボウフラ(蚊の幼虫)』は俳句で夏の季語になっているほどです。

このように、身近な害虫ですが『なぜ吸血するのか?』『なぜ刺されると痒くなるのか?』などの理由はご存知でしょうか?

今回はそんな蚊の生態に迫ります。

目次
蚊の分類、生態
人間との関わり

蚊の分類、生態

実はほとんど吸血しない!? 夏の風物詩『蚊』の真実!
(画像=実は蚊の主食は樹液 / Credit:FREE素材、『ナゾロジー』より引用)

蚊は、ハエ目、カ科に所属する昆虫です。現在約3,000種が確認されていますが、日本には約100種が存在しています。

卵→幼虫→蛹→成虫と4段階の成長をし、蛹期があるため『完全変態』とよばれる成長方式をしています。卵からは約10日間ほどで成虫となります。

蚊は水中に卵を生み、幼虫である『ボウフラ』の間は水中で過ごします。

蚊の発生対策に、水場を減らすこと(雨水の溜まりやすい廃タイヤを処分するなど)が有効なのはこのためです。

また、多くの昆虫類の成虫は2対4枚の翅を持ちますが、蚊はハエと同様2枚のみの翅を持ちます。

そして、蚊と聞くと全種が吸血するようなイメージをお持ちではないでしょうか? しかし実はそうでもないのです。

日本にいる約100種の蚊のうち、吸血するのはヒトスジシマカ(ヤブカ)、アカイエカ、チカイエカなどの20種類のみです。

更に、それらの蚊もいつも吸血するわけではありません。

普段は植物由来の液(樹液、果汁、花の蜜など)を吸っており、吸血するのは産卵を控えた4~10月のメスだけです。

気温15℃以上で活動し、25~30℃で活動が活発になるため、冬期は活動を抑えていたり、そもそも卵で過ごす蚊もいます。

『蚊が花の蜜を吸う』というイメージには、ギャップを感じる人も多いのではないでしょうか?

ちなみに、蚊は一回の吸血で蚊自身の体重(約2mg)とほぼ同量の血を吸血するため、吸血後は身体が重くなり、飛行速度が落ちます。

そのため素早く飛び回るイメージのある蚊ですが、吸血後は退治しやすいタイミングとなります。

手で叩き潰すことに成功したとき、手のひらに血がつくことが多いのはこのためでしょう。

また、人間以外の動物を吸血する蚊も古くから存在しています。

古い例では約2億年前(ジュラ紀)の地層から蚊の化石が発見されています。

映画『ジュラシック・パーク』では、琥珀の中から発見された蚊が吸血したサンプルから、恐竜を復活させる描写もありました。

(※実際にはDNAが壊れるほど古い時代であるため、同手法での恐竜復活は難しいです)

『蚊=人間の血を吸う虫』というイメージが定着しているため、意外に感じる方も多いのではないでしょうか?

なぜ吸血するのか?

実はほとんど吸血しない!? 夏の風物詩『蚊』の真実!
(画像=おなかを触る妊婦さん / Credit:AC、『ナゾロジー』より引用)

では、なぜ特定の種の産卵を控えた4~10月のメスだけ、吸血するのでしょうか?

それは、産卵に必要な栄養源を吸血によって得ているためです。

産卵をするためには、準備期間(卵巣を発達させるなど)~産卵まで膨大なエネルギーを必要とします。そのエネルギー源である糖質、蛋白質などを吸血によって得ているのです。

『吸血で栄養を得ている』と聞くと、まるでドラキュラのようなイメージが湧いてきます。

しかし、私達人間も妊娠期間には特定の栄養を必要とすることが知られているため、出産のためだと分かれば『蚊のお母さんも栄養を必要としているんだ』と、ちょっとは親近感が沸くかもしれません。

吸血する対象の動物は、どうやって見つけるのか?

実はほとんど吸血しない!? 夏の風物詩『蚊』の真実!
(画像=夏日で汗を拭く男性 / Credit:ぱくたそ、『ナゾロジー』より引用)

『血が吸いたい!』と思ったお母さん蚊は、どうやってその動物を見つけるのでしょうか。それは、標的が持つ次の3つの情報を頼りにしています。

①体温

②発生する炭酸ガス(呼吸時に出る二酸化炭素など)

③におい(汗など)

夜などの暗闇でも刺されるのも、当然だったようです。

また、一説では『血液型』により刺されやすさが違うとも言われますが、それには科学的根拠がありません。

しかし、以下の3つの説は、上述の①②③に沿っており、科学的に根拠があります。

1.男性の方が刺されやすい

→女性より汗をかきやすく、体臭も多いため

2.飲酒後は刺されやすい

→新陳代謝が増し、体温上昇、発汗量、呼吸量が増えるため

3.肌や服の色が濃い方が刺さされやすい

→熱を集めるため、体温上昇、発汗量、呼吸量が増えるため

4.足が臭う人ほど刺されやすい

→足に存在するバクテリアが、汗を分解して発する酸性の臭いに寄ってくるため

つまり『飲酒をしない、色白でおしとやかな女性』は刺されにくいと言えるかもしれません。

また、ネッタイシマカなどの一部の蚊は、人間をメインに吸血します。

「人間の汗に含まれる老廃物『乳酸』や、『足に存在するバクテリアが汗を分解したもの』の臭いをかぎわけている」とも考えられていますが、未だ研究中です。

他の動物より、私達は蚊にとって何かわかりやすい匂いを発しているのかもしれません。

人間との関わり

古くから馴染みのある蚊ですが、その馴染みとは「『痒み』『腫れ』『病気』をもたらす害虫」とういマイナスイメージによるものではないでしょうか。

次は、そのようなイメージが定着した理由に迫ります。

なぜ腫れや痒みが起きるのか?抑える方法は?

実はほとんど吸血しない!? 夏の風物詩『蚊』の真実!
(画像=虫刺され / Credit:AC、『ナゾロジー』より引用)

百歩譲って、『お母さん蚊も栄養が欲しかったのか…』と吸血されるのは良しとしましょう。

しかし、吸血された患部に腫れや痒みが起きるのは、少々厄介な話ですよね。

なぜこのような症状が起きてしまうのでしょうか?

その原因は、ズバリ蚊の『唾液』です。

まず、蚊が口の針で人間の皮膚を刺します。刺したままですと、空気に触れた血は凝固作用を起こし固まってしまい、蚊自身も死んでしまいます。

そこで蚊の『唾液』の登場です。唾液を注入することで、血液凝固を止め、吸血しているのです。

この唾液が人間の体内に入ると、異物と見なされ、免疫細胞が働き始めます。

免疫細胞中にある『ヒスタミン』に唾液内の特定の酵素(蛋白質)が抗原として結合すると、『ヒスタミン』が免疫細胞内からドンドン放出されます。

これが腫れや痒みの原因、つまり過剰なアレルギー反応の原因となっています。

『蚊が痒み成分を注入しているんだ!』と思っていた方も多いのではないでしょうか?

大まかには正解ですが、厳密には『蚊の侵入がキッカケで、人間自身が痒み成分を出している』といったところです。

蚊にしてみれば『人間を痒くさせるつもりなんか、なかったけど!?』という気持ちかもしれません。

では、そのような不快な症状を抑えるためにはどうしたら良いのでしょうか?

『抗ヒスタミン材』や『涼感を得られる素材』の配合された塗り薬を塗る、というのが確実で一般的な方法かと思われます。それ以外にも、次のようなものがあります。

①蚊がとまったら潰さず、吸血が終わるまで待つ

(→最後まで吸血させると、唾液も少し回収してくれるため)

②冷やす

(→保冷剤などで冷やすと、麻痺して痒みを忘れる)

③50℃以上で温める

(→唾液内の酵素の主成分『蛋白質』に熱変性を起こすと、『ヒスタミン』に結合しにくくなり、『ヒスタミン』の放出が避けられるため)

④絆創膏を貼る

(→空気に触れると痒みを感じやすくなるため。かきむしると、空気に触れたり、細菌感染しやすくなるため逆効果)

一般にこうした応急処置が有効と言われています。手元にウナ〇ーワクールが無い際には、ぜひ試されてはいかがでしょうか?

害虫として扱われてきた理由

実はほとんど吸血しない!? 夏の風物詩『蚊』の真実!
(画像=高熱で倒れ込むシニア男性 / Credit:パブリックドメイン、『ナゾロジー』より引用)

蚊が害虫として扱われてきた理由は『刺されると、痒みや腫れを伴うから』だけではありません。

蚊が、人から人へ一部の血液を移してしまうことがありますが、その際に病原(ウイルス、原虫、線虫など)も移してしまうことが原因の1つです。

蚊が媒介する感染症の例には、デング熱、ジカ熱、黄熱、日本脳炎、マラリア、フィラリアなど重篤な症状、時には死をもたらすものも多くあります。

一説では「世界で最も人を殺している動物は『蚊』だ」と言われるほどです。

これらの感染症名を耳にしたことがあっても『遠い国の話だ』と安心される方も多いのではないでしょうか?

確かに、日本より高温・多湿な熱帯地方の方が多くの種類の蚊が存在し、感染症のリスクも高くなっています。

しかし、近年では日本も熱帯化が進んでいるため、感染症の話も他人事ではなくなってきました。近い将来、接種すべきワクチンの種類が多くなるかもしれません。

一方、蚊は人々に脅威をもたらすだけではありません。

皆さん、蚊に刺された際『痛っ!』と口走ったことはあるでしょうか? 口に出すどころか、思ったことすらないでしょう。その理由は、次のようなものです。

・蚊の口の針が、先端が尖ったノコギリ状をしていて、スッと刺さりやすいこと

・髪1本分の細さ(直径約80μm)しかなく、痛点にあたりにくいこと

・唾液に痛みを抑える成分が入っていること

近年では、この『蚊の口の針』の研究を元に『痛くない注射針』の開発進んでいます。

その注射針の名前は、関西大学開発『ナノパス』。毎日インスリンを打たなければならない糖尿病患者のために開発されました。

もし『ナノパス』を打つ機会があれば、ぜひ蚊に刺されているシーンをイメージしてみてください。

また、蚊以外の動物の唾液にも、痛みを抑える成分があることが分かってきています。怪我をした動物がその箇所を舐める行動にも、色々な意味あるのかもしれません。

さいごに

実はほとんど吸血しない!? 夏の風物詩『蚊』の真実!
(画像=予防接種 / Credit:パブリックドメイン、『ナゾロジー』より引用)

『蚊は病気をもたらすだけだ』と思っていた方も多いと思いますが、そのような吸血蚊はごく一部の種、ごく限られたシーズンだけでした。

また、『痛みを感じない注射針』の研究にも役立っていました。蚊のイメージが少し変わった方も多いのではないでしょうか?

しかし、暑い季節に蚊の吸血と戦うことは避けられそうにありません。

私達は、古くからこの小さな『夏の風物詩』と上手に付き合う方法を模索してきましたが、これからも続くことになりそうです。


参考文献

How do mosquitoes sniff out humans to bite?, Nicoletta Lanese

How mosquito brains encode human odor so they can seek us out, Princeton University

日本の淡水生態系における蚊の生態, 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター 大庭伸也(PDF)

蚊が何故人間の血を吸いたくなるのかを、ヒトスジシマカの雌の交尾数で検証する, 京都教育大学付属高等学校 田上大喜(PDF)


提供元・ナゾロジー

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