まるで念力のように、物体を浮遊させることは可能です。

現代では、音波を利用した浮遊技術が存在するのです。

そして新しく、イギリスのユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)コンピュータ科学部に所属する平山 竜士(ひらやま りゅうじ)氏ら研究チームは、障害物があっても物体を自由自在に動かす技術を開発しました。

また、この技術とプロジェクターを組み合わせることで、空中を飛ぶカラフルなチョウや、浮遊スクリーンに映し出されたウサギなどをつくりだすことにも成功しています。

研究の詳細は、2022年6月17日付の科学誌『Science Advances』に掲載されました。

目次
障害物があっても機能する音波浮遊技術
空中を「舞うチョウ」と「飛び跳ねるウサギ」

障害物があっても機能する音波浮遊技術

音波をつかった物体浮遊技術は、以前から研究されてきました。

これは波の干渉を利用して物体を浮かせる技術です。

そのためには、大量に並べた超音波発振器をリアルタイムで制御して、適切な音場を生成しなければいけません。

障害物があっても自在に物質を摘んで動かし、3D映像の投影もできる「音響ピンセット」
(画像=音波浮遊装置の例。大量に並べられた超音波発振器 / Credit:Shota Kondo et al.,Japanese Journal of Applied Physics(2021)、『ナゾロジー』より引用)

そして私たちの身の回りの空間では、それが難しい場合がほとんどです。

障害物が何もない空間であれば、音場の制御は比較的容易ですが、音波を反射する障害物が近くにあると、途端に物体を浮遊させることが難しくなるのです。

しかし最近では、世界中の科学者たちによって、徐々にこの課題が克服されつつあります。

例えば、東京都立大の研究チームは、2021年に発表した論文で、音波を反射しやすい台の上で物体を浮遊させたと報告しました。

そして今回、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の平山氏ら研究チームは、もっと複雑な反射や散乱に対応できる音波浮遊技術を開発したと報告しています。

彼らは、小型の超音波発振器256個をデバイスの上下に配置。

これにより、デバイス内の空間では音場がリアルタイムで調整され、浮遊物体を絶えず動かせるようになりました。

障害物があっても自在に物質を摘んで動かし、3D映像の投影もできる「音響ピンセット」
(画像=音波を散乱させる障害物があっても浮遊させられる / Credit:Ryuji Hirayama(UCL)et al., Science Advances(2022)、『ナゾロジー』より引用)

しかも、壁や観葉植物のような「音波を散乱させる障害物」が複数あっても、コンピュータアルゴリズムが即座に計算し、音波の形状を調整。浮遊状態を維持できるというのです。

このアルゴリズムの性能は非常に高く、揺れ動く水面上でも物体を浮遊・移動させることができるのだとか。

障害物があっても自在に物質を摘んで動かし、3D映像の投影もできる「音響ピンセット」
(画像=音波でインクを浮かして移動させる。揺れ動く水面上でも可能 / Credit:Ryuji Hirayama(UCL)et al., Science Advances(2022)、『ナゾロジー』より引用)

また浮遊する物体を指や棒で自由に操作することも可能なようです。

障害物があっても自在に物質を摘んで動かし、3D映像の投影もできる「音響ピンセット」
(画像=指で浮遊物体を誘導できる / Credit:Ryuji Hirayama(UCL)et al., Science Advances(2022)、『ナゾロジー』より引用)

さらにチームは、この技術とプロジェクターを組み合わせることで、新たな映像表現をつくりだしています。

空中を「舞うチョウ」と「飛び跳ねるウサギ」

研究チームは、浮遊物体にプロジェクターで映像や色を投影することで、ホログラムのような新しい映像技術を生み出しました。

例えば、高速で動くビーズに光を投影することで、まるでカラフルなチョウが飛んでいるかのような現象をつくりだせます。

障害物があっても自在に物質を摘んで動かし、3D映像の投影もできる「音響ピンセット」
(画像=1つの浮遊物体がカラフルなチョウに / Credit:Ryuji Hirayama(UCL)et al., Science Advances(2022)、『ナゾロジー』より引用)

また、複数の物体にシートを貼り付けて浮遊させることも可能。

そこにプロジェクターで映像を投影するなら、空中をキャラクターが移動しているかのような現象を作り出せます。

障害物があっても自在に物質を摘んで動かし、3D映像の投影もできる「音響ピンセット」
(画像=ウサギのオブジェクトの上を飛び跳ねる「浮遊ウサギ」。従来の技術では、ウサギのオブジェクトによる音波の散乱で、物体を浮遊させられなかった / Credit:Ryuji Hirayama(UCL)et al., Science Advances(2022)、『ナゾロジー』より引用)

上記の実験映像では、浮遊スクリーンに投影されたウサギが元気よく飛び跳ねている様子を確認できますね。

さらに映像を投影したスクリーンを高速で回転させるなら、まるでホログラムのような3Dのキャラクターをつくりだすことも可能なのです。

障害物があっても自在に物質を摘んで動かし、3D映像の投影もできる「音響ピンセット」
(画像=浮遊スクリーンを回転させると、ホログラムのような映像がつくれる / Credit:Ryuji Hirayama(UCL)et al., Science Advances(2022)、『ナゾロジー』より引用)

この技術を利用すれば、人々を驚かせる新しい芸術や広告が生まれるでしょう。

また「手を触れずに材料を混ぜ合わせる技術」など、化学工学の分野でも役立つかもしれません。

とはいえ平山氏によると、現状、音波の散乱に対応できるのは、全く動かないか、もしくは予測可能な動きをする物体だけのようです。

そのため今後は、「あらゆるものが予想外の動きをしたとしても、物体を浮遊させ続ける」ことを目標にしています。


参考文献

3D rabbit ‘hologram’ created by levitating screen using sound waves

元論文

High-speed acoustic holography with arbitrary scattering objects


提供元・ナゾロジー

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