温度差と電気は変換できる関係にあります。

これはゼーベック効果とかペルチェ効果と呼ばれています。

世の中のエネルギー効率は最大でも30%程度とされており、ほとんどのエネルギーは排熱として捨てられています。

そのため、熱電変換効率の高い物質が見つかれば、こうした排熱を利用して次世代のクリーンなエネルギー源にできる可能性があるのです。

そして名古屋大学と明治大学の共同研究チームは、氷点下260℃で体積1ccあたり100Aという高い電流生成能力を持つ、新しい熱電物質を発見したと報告しています。

今回の発見を応用すれば、今後超電導磁石などの大電流を必要とする技術にも、革新的な影響を与える可能性があります。

研究の詳細は、2021年9月15日付けで科学雑誌『Journal of Physics: Energy』に掲載されています。

目次
温度差を電気に変換する現象
対立した値を同時に成立させる熱電材料

温度差を電気に変換する現象

子どもの頃、冷蔵庫は中が冷たく冷えているのに、なんで外の背面は熱いんだろう? と疑問に思ったことがあると思います。

大人になれば理解している人も多いでしょうが、これはペルチェ効果と呼ばれる電圧を温度差に変換する現象が利用されています。

温度差と電圧が交換関係にあることは、1822年にエストニアの物理学者トーマス・ゼーベックによって偶然発見されました。

その後、ゼーベックは2種類の金属線の両端をつなげたループ状の回路の接合部分に温度差を生じさせると、端子間に電圧が生じて電流が流れるということを示し、これはゼーベック効果と名付けられたのです。

1ccの体積で100Aの電流を生み出す「熱電材料」が発見される
(画像=1882年ゼーベックは温度差で異なる金属に電圧が生じるゼーベック効果を発見する / Credit:canva,ナゾロジー編集部/Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

その後、1834年にフランスの物理学者、ジャン=シャルル・ペルチェが、ゼーベック効果とは逆の現象、すなわち異なる金属を接合して電圧をかけると片側の接合点は冷たくなり、反対の接合点は熱くなるというペルチェ効果を発見したのです。

冷蔵庫は、このペルチェ効果を利用したペルチェ素子というデバイスを利用して、冷蔵庫の内側では吸熱(冷たくなる)し、冷蔵庫の外側で発熱(熱くなる)を行っているわけです。

1ccの体積で100Aの電流を生み出す「熱電材料」が発見される
(画像=1834年にペルチェが電圧をかけると片側から吸熱、反対から発熱を行うペルチェ効果を発見する / Credit:canva,ナゾロジー編集部/Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

エネルギーの利用では、必ず使用されない熱エネルギーが発生します。

これは排熱として捨てられてしまいます。現在どんなに利用効率の良い方法でも、エネルギーの70%近くが排熱となってしまいます。

ゼーベック効果は、そんな捨てられる熱エネルギーを再利用して、新たにエネルギーを獲得できる可能性を秘めているのです。

じゃあ、やればいいじゃん、と誰もが単純に考えてしまいますが、それは簡単ではありません。

物質には固有のゼーベック係数という量があり、これを温度差を掛け合わせることでゼーベック効果によって発生する電圧が決まります。

温度差を利用して電流を生み出そうとした場合、よりゼーベック係数の高い物質が求められるのです。

一方、電圧が発生したときに流れる電流は、物質の持つ電気抵抗で電圧を割った値になります。

つまり、電流をより多く発生させるには、物質の電気抵抗率が小さいことも重要なのです。

しかし、ここがネックとなります。

ゼーベック係数と電気抵抗率は、ともに物質内にある電荷の運び手(キャリア)の数に依存しているのですが、その関係が反対なのです。

1ccの体積で100Aの電流を生み出す「熱電材料」が発見される
(画像=熱電効率を決めるゼーベック係数と電流は、必要とするキャリア濃度が逆転した関係にあるため両立が難しい / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

つまり、ゼーベック係数はキャリア数が少ないほど高くなり、逆に電気抵抗率はキャリアが多いほど高くなるのです。

両者は完全にトレードオフの関係で、2つの値を同時に高くさせることは非常に困難だったのです。

対立した値を同時に成立させる熱電材料

今回研究チームが発見したのは、「Ta2PdSe6」という結晶構造です。

この物質は2つの物質が層状に組み合わさっています。

1ccの体積で100Aの電流を生み出す「熱電材料」が発見される
(画像=(a) Ta2PdSe6の結晶構造 (b)育成した単結晶試料 / Credit:名古屋大学,体積1ccで100Aの電流を生み出す「熱電半金属」を発見! ~コンパクトで強力な電流源開発の可能性~、『ナゾロジー』より引用)

物質の電気抵抗率は温度を下げるとだんだん下がっていきますが、この物質ではゼーベック係数が温度の低下とともに大きく上がっていきます。

下のグラフは、この物質の電気抵抗率とゼーベック係数の温度依存性です。

1ccの体積で100Aの電流を生み出す「熱電材料」が発見される
(画像=(a) 電気抵抗率の温度依存性 (b) ゼーベック係数の温度依存性 / Credit:名古屋大学,体積1ccで100Aの電流を生み出す「熱電半金属」を発見! ~コンパクトで強力な電流源開発の可能性~、『ナゾロジー』より引用)

このグラフを見ると、電気抵抗率は20K(-253℃)付近で、10-6Ωcmという非常に低い値になります。

これは室温の単体金属に匹敵する非常に低い電気抵抗率です。

そしてゼーベック係数も、20K付近で40μV/Kという値になります。

どんな値かこちらはわかりづらいですが、これは室温の単体金属が示すゼーベック係数の数十倍の値です。

1ccの体積で100Aの電流を生み出す「熱電材料」が発見される
(画像=Ta2PdSe6と他の熱電物質のペルチェ伝導度(300K)の比較 / Credit:名古屋大学,体積1ccで100Aの電流を生み出す「熱電半金属」を発見! ~コンパクトで強力な電流源開発の可能性~、『ナゾロジー』より引用)

さらにこのグラフは、今回の物質と他の物質の室温(300K(27℃))におけるペルチェ伝導度と電気伝導度を示したものです。

右端にある黒天が、今回の物質の特性を示しています。グラフは右上に行けば行くほど特性が良いことを示します。

つまり、室温で比較しても、今回の物質は従来の物質の中でもっとも熱電物質として優れた特性を持っていることを意味しているのです。

しかし、その真価は氷点下260℃という低温で発揮されます。

このとき、この新しい物質は、たった体積1ccに1℃の温度差がついただけで、家庭用定格値の数倍となる100Aもの電流が生成されるのです。

これは既存の熱電物質では比較にならない能力で、これほど電流生成能力の高い物質は前例がないといいます。

この物質を利用すれば、小さな空間で物質に僅かな温度差を付けるだけで、大電流を供給することが可能になります。

コンパクトな強力電流源への道が拓かれたのです。

極低温で優れた特性を見せるこの物質は、例えば超電導コイルと組み合わせることで、大きな力を発揮し、医療や工学の分野の技術革新につながることが期待できます。


参考文献

体積1ccで100Aの電流を生み出す「熱電半金属」を発見! ~コンパクトで強力な電流源開発の可能性~

熱と電気のハーモニー;熱電変換物質開発

元論文

Giant Peltier conductivity in an uncompensated semimetal Ta2PdSe6


提供元・ナゾロジー

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