理化学研究所の生体モデル開発チームが、世界で初めて、有袋類の遺伝子改変に成功しました。

今回の研究は、有袋類の中で比較的飼育が容易である「ハイイロジネズミオポッサム」を対象としています。

オポッサムを含む有袋類ではこれまで、遺伝子改変に必要な技術が確立されていませんでした。

しかし今回、ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9システム」により、アルビノを含む遺伝子改変個体の作製に初成功しています。

研究は、7月21日付けで科学誌『Current Biology』に掲載されました。



目次




ゲノム編集のためにクリアすべき難点

哺乳類は胎児の育て方によって、ヒトを含む有胎盤類、カモノハシとハリモグラの単孔類、カンガルーやコアラなどの有袋類の3つに大別されます。

有胎盤類は、胎盤を介して栄養分を与え子宮内で胎児を育てます。

単孔類は、卵で子どもを生む哺乳類です。

一方の有袋類は、発達した胎盤がないため、子宮内で胎児を育てることができません。

そのため、未熟な状態で子どもを生み、子どもは自力で母の育児嚢に入り込んで、そこで育てられます。

その有袋類の中で最初に全ゲノムが解読されたのが、ハイイロジネズミオポッサム(以下、オポッサム)です。

オポッサムは系統的には有袋類の祖先的なグループであると考えられ研究されてきました。

本種は体長が15センチほどで、マウスやラットに似た飼育が可能であり、有袋類では希少なモデル動物となっています。

オポッサムは14日間という短い妊娠期間で未熟児を出産。カンガルーのような袋がないため、子どもたちは乳房にしがみついて離乳期までを過ごします。

有袋類では初めてオポッサムの遺伝子改変に成功!
(画像=未熟な子どもたちは母親の乳房にくっついて成長する / Credit: 理化学研究所-有袋類の遺伝子改変に世界で初めて成功(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

しかし先に指摘したように、オポッサムを含む有袋類においては、遺伝子改変のために必要な技術が確立されていません。

そこでチームは、オポッサムを遺伝子改変するための技術開発を始めました。

最初の問題は、どうやってオポッサムの受精卵を計画的に採取するか、でした。

というのも、哺乳動物の遺伝子改変は、ゲノム編集のための溶液を受精卵に注入して行うためです。

発情周期が長く、縄張り意識も強いオポッサムから、定期的に受精卵を得るのは困難でした。

そこでチームは、マウスにも使われる「性腺刺激ホルモン」をメスに投与し、卵巣に対し排卵を促進させることで難点をクリアしました。

有袋類では初めてオポッサムの遺伝子改変に成功!
(画像=ホルモン処理により交尾が早く誘導される(右) / Credit: 理化学研究所-有袋類の遺伝子改変に世界で初めて成功(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

次の問題は、いかに受精卵を代理母に移植するか、です。

マウスやラットでは普通、偽妊娠状態にあるメスの卵管や子宮に受精卵を移します。

それを踏まえ、オポッサムでも偽妊娠状態にあるメスに移植したところ、見事に受精卵の発生に成功しました。

この手法は、ワラビーやフクロネコなど、他の有袋類でも試されたことがありますが、いずれも失敗に終わっています。

有袋類では初めてオポッサムの遺伝子改変に成功!
(画像=オポッサムの受精卵 / Credit: 理化学研究所-有袋類の遺伝子改変に世界で初めて成功(2021)、『ナゾロジー』より 引用)
有袋類では初めてオポッサムの遺伝子改変に成功!
(画像=マイクロインジェクション法(左)、ピエゾマイクロインジェクション法(右) / Credit: 理化学研究所-有袋類の遺伝子改変に世界で初めて成功(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

最後の問題は、どうやって受精卵に溶液を注入するか、でした。

ラットやマウスでは一般に、顕微鏡下で極細のガラス管を受精卵に刺す「マイクロインジェクション法」が使用されます。

ところが、オポッサムの受精卵には、「ムコイド層」という厚い壁と「シェルコート」という硬い殻があるため、ガラス管が貫通しません。

そこでチームは、圧電素子(ピエゾ)を組み合わせたパルスを使うことで、受精卵に穴を開ける「ピエゾマイクロインジェクション法」を採用しました。

その結果、受精卵へのダメージを減らしつつ、スムーズに針を刺すことに成功しています。

すべての難関をクリアしたので、いよいよ遺伝子編集です。

有袋類の遺伝子改変に初成功!

チームは、ゲノム編集のターゲットとして、色素合成酵素の「チロシナーゼ(Try)遺伝子」を選び、遺伝子ノックアウト(破壊)を行いました。

チロシナーゼ遺伝子が破壊されることで、細胞は色素を産生できなくなります。

13匹のメスを対象に先の手順で、溶液の注入・受精卵の移植をした結果、8匹のメスから計33匹の子どもが生まれました。

そのうちの5匹は、チロシナーゼ遺伝子が破壊されたことを示す「アルビノ(白色個体)」となっています。

また、2匹の子どもは、一部の細胞が色素をつくれない「モザイク(混合個体)」となっています。

有袋類では初めてオポッサムの遺伝子改変に成功!
(画像=ゲノム編集で生まれた子ども / Credit: 理化学研究所-有袋類の遺伝子改変に世界で初めて成功(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

さらに、ゲノム編集されたオポッサムの遺伝子(チロシナーゼ遺伝子の欠如)は、次世代に受け継がれていました。

有袋類におけるゲノム編集のための技術の確立と、実際の遺伝子改変の成功は世界初の快挙です。

この成果は今後、謎の多い有袋類の発生メカニズムや、有袋類に特有の性質を遺伝子レベルで解明する手助けとなります。

さらに、有胎盤類との比較を通して、哺乳類の進化の理解にも大きく貢献するでしょう。

提供元・ナゾロジー

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