毎年100万人以上の人々が、デング熱、ジカ熱などの「蚊媒介感染症」によって亡くなっています。

そして最近、中国・清華大学(Tsinghua University)の研究チームにより、これらのウイルスが、多くの蚊を寄せつけるよう感染者の体臭を変化させているという発見を報告しました。

つまり、ウイルスは蚊が自分たちの拡散に利用できると気づいており、感染者の体臭を変化させることで蚊をおびき寄せ、感染症を加速的に拡大させる戦略をとっていたというのです。

研究の詳細は、2022年6月30日付の科学雑誌『Cell』で発表されました。

目次
ウイルスが「蚊にとって魅力的な体臭」へと変化させる
ウイルス感染でアセトフェノンが増加!感染拡大を助長していた

ウイルスが「蚊にとって魅力的な体臭」へと変化させる

蚊は、体温や息に含まれる二酸化炭素、匂いなどを手がかりとして、血液を吸う対象を探していると考えられています。

そして、その蚊にとって魅力的な匂いは、蚊が媒介するウイルスに感染した場合、特に強化される可能性があるようです。

実際2014年の研究では、マラリアに感染したマウスの体臭が変化し、蚊にとって魅力的な匂いを放つようになったという報告があります。

これはウイルスが、自分たちの繁栄(感染症の拡大)のために、蚊を利用することを学んでいる可能性を示唆するものです。

そこで今回、チェン氏ら研究チームは、同じく蚊媒介感染症であるデング熱やジカ熱のウイルスについて調査することにしました。

最初の実験では、デング熱やジカ熱に感染したマウスと、感染していない健康なマウスをそれぞれ用意しました。

そして匂いを漂わせ、どちらのマウスにより多くの蚊が集まるかを比較したのです。

ウイルスは蚊が自分たちを媒介していると知って利用していた!
(画像=右がウイルスに感染したマウス。感染マウスに蚊はより多く集まっている / Credit:Gong Cheng(Tsinghua University)_Mosquitoes Drawn to Hosts Infected by Dengue, Zika(2022 The Scientist)、『ナゾロジー』より引用)

その結果、約70%の蚊が感染したマウスの方に集まりました。

ちなみに感染の有無で二酸化炭素の排出量は変化しませんでした。

また体温に違いのあるマウスを蚊が区別しなかったことから、体温が要因である可能性も否定できます。

つまり、デング熱とジカ熱に感染したマウスは、蚊にとって魅力的な匂いを発していたと考えられるのです。

では、この「蚊にとって魅力的な匂い」とはいったい何だったのでしょうか?

ウイルス感染でアセトフェノンが増加!感染拡大を助長していた

感染したマウスが発する匂いを化学的に分析した結果、20種類のガス状の化合物を検出。

そしてそれぞれを比較調査することで、そのうちの1つ「アセトフェノン」という匂い物質がより多くの蚊を誘引すると分かりました。

しかも感染したマウスは、感染していないマウスの10倍ものアセトフェノンを作り出していたのです。

ウイルスは蚊が自分たちを媒介していると知って利用していた!
(画像=ウイルスに感染すると、蚊が好むアセトフェノンが10倍も多く作り出される / Credit:Depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

では、ウイルス感染によりアセトフェノンが増加する明確なメカニズムとはなんなのでしょうか?

研究チームはこの点を調査し、アセトフェノン増加のメカニズムを明らかにしました。

アセトフェノンを作り出す細菌は、皮膚上で自然増殖する性質をもっていますが、通常は皮膚細胞から分泌される抗菌性タンパク質によって、その増殖は抑えられています。

しかしマウスがデング熱やジカ熱に感染すると、このタンパク質をつくる遺伝子の働きが弱くなると判明したのです。

結果としてアセトフェノンが増加し、より多くの蚊を引き寄せまうのです。

ウイルスは蚊が自分たちを媒介していると知って利用していた!
(画像=左)何も塗布していない人間の手, (右)アセトフェノンを塗布した人間の手。蚊がより多く集まる / Credit:Gong Cheng(Tsinghua University)_Mosquitoes Drawn to Hosts Infected by Dengue, Zika(2022 The Scientist、『ナゾロジー』より引用)

この一連のメカニズムは人間でも同様に確認されました。

ウイルスに感染した人間の汗にはアセトフェノンがより多く含まれており、その汗を付着させた綿棒にも、より多くの蚊が引き寄せられたのです。

つまり今回の発見をまとめると、デング熱やジカ熱のウイルスは、蚊媒介の感染を助長する特別なメカニズムをもっていた、ということになります。

これは蚊を上手く引き寄せることに成功したウイルス達が、より繁栄したという進化の結果と言えるでしょう。

一説には、世界でもっとも人類を殺している動物は蚊であると言われていて、多くの人たちは危険なウイルスを媒介する蚊を警戒しています。

しかし、このことをウイルス側も理解していて、自分たちの拡散戦略に利用しているというのは恐ろしい事実です。

この結果について、研究者たちは対抗処置がないかも検討しています。

追加の研究では、一般的な皮膚治療に用いられる「ビタミンA」が、感染したマウスのアセトフェノン量を減少させると判明しました。

そのため、もしかしたらビタミンAの投与によって感染拡大を抑制できる可能性があります。

チームは今後、デング熱が流行しているマレーシアで、ビタミンAを使った感染抑制実験を行う予定だといいます。


参考文献

How some viruses make people smell extra-tasty to mosquitoes

Viruses can change your scent to make you more attractive to mosquitoes, new research in mice finds

Mosquitoes Drawn to Hosts Infected by Dengue, Zika

元論文

A volatile from the skin microbiota of flavivirus-infected hosts promotes mosquito attractiveness


提供元・ナゾロジー

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