正義のヒーローがお金をとらない心理が判明しました。

米国のカリフォルニア大学(University of California)で行われた研究によれば、道徳的正義のために罰を下すことに対して「報酬(現金)」が与えられるようになると、人間は新たに罰を下す意欲が半減することが判明した、とのこと。

正義のために悪を罰してついでにお金までもらえるなら、心も財布も両方温まって非常にお得なはずですが、どうやら私たちの脳はそれらを両取りすることに非常に「臆病」になっているようです。

いったいなぜ「正義のための罰」と「報酬」の相性は悪いのでしょうか?

研究内容の詳細は『Psycholosical Science』にて掲載されています。

目次
罰を下すことで「報酬」が出ると罰する意欲が半減すると判明!
「正義のための罰」は「合理的な損得」とは相性が悪い

罰を下すことで「報酬」が出ると罰する意欲が半減すると判明!

「報酬」が出ると罰する行為への意欲が半減すると判明! 正義のヒーローが報酬を断る理由
(画像=純粋な加害欲求によって発生する暴力事件は少数であり、ほとんどが何らかの個人的な正義を実行するために行われる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

私たち人間はしばしば「道徳的正義」のために他者に対して罰を下します。

いたずらをした子供、不正を犯した政治家、空き缶のポイ捨てなど、私たちは可能な範囲内で、自らの正義をもとに罰を下そうとします。

最新の研究では「罰を下す」という決断は8カ月の乳児にも観察されることが確認されており「罰」は人間にとって本能的な行為である可能性が示されています。

しかし正義は人の数だけ存在します。

以前の研究では、暴力事件を起こした犯罪者たちにインタビューを行ったところ、ほとんどの犯罪者たちが自分なりの正義にもとづいて暴力を行使していたことが明らかになっています。

例えば、侮辱を償わせるための暴行や、ギャングが縄張りを維持するための抗争は、法律に反していても、当人にたちにとっては「正義」と認識されていました。

そのため暴行事件などの犯罪を抑止するには、逆説的に「正義のために罰」という概念を抑止することが重要となっています。

そこで今回、カリフォルニア大学の研究者たちは約1500人の被験者たちに対していくつかの実験を行い「正義のための罰」を抑えるための効率的な方法を探しました。

すると意外なことに「罰を下すこと」に対して「金銭的な報酬」を与えることが、大きな罰の抑止効果になることが判明しました。

実験においては金銭の授受をともなうリアルな金融ゲームが舞台として設置され、特定の1人が自らの道徳的正義にもとづいて、不正行為を行ったプレーヤーを罰することが許可されました。

しかし興味深いことに、罰を下すことに対して報酬(金銭)が与えられるというルールが加わると、罰を下す意欲が半減することが判明したのです。

罰を下すことで不正が減り報酬までもらえるならば、より熱心に罰を下すようになってもいいはずです。

なのになぜ、報酬は人々から罰する意欲を奪ったのでしょうか?

「正義のための罰」は「合理的な損得」とは相性が悪い

「報酬」が出ると罰する行為への意欲が半減すると判明! 正義のヒーローが報酬を断る理由
(画像=「正義のための罰」は「合理的な損得」とは相性が悪い / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

なぜ報酬は罰する意欲を奪うのか?

謎を解明するために研究者たちは、ゲームに参加している被験者たちの抱く心象を調べることにしました。

すると、被験者たちは報酬をもらって罰を下す行為が、不正を行うよりも悪い行為であると感じていることが判明します。

この結果は、正義の罰を執行する大義名分として、周囲の人々による社会的支持が大前提であることが関係していると考えられます。

正義の執行に対して報酬を受け取ることは、こうした社会的支持を棄損する可能性があると多くの人が感じているのでしょう。

テレビや漫画の正義のヒーローも、悪者を退治した際に報酬として金銭を受け取ることを拒んだり、ときには金銭を差し出されること自体に怒ったりする場面が描かれます。

単純に考えれば「報酬を提示されて怒る」というのは不条理にも思えますが、報酬に正義の正当性を棄損する効果があるのであれば、正義のヒーローたちの「怒り」も理解できます。

人間は正しい行いだと信じて行動するとき、これはお金のためじゃないんだ、という意識が働きやすいようです。

これは正義を信じて行動するとき、マイナスの報酬に対しても合理的な判断が行えなくなる可能性があると研究者たちは述べています。

これはたとえば、自らの行為を正義と信じて実行される犯罪では、罰金刑が抑止として有効に機能しないということです。

最近では、不正を行った人物に対して、ネット上で激しい攻撃を仕掛ける人々が目立つようになってきました。

ネット上での誹謗中傷や侮辱に対しては厳罰化する流れが進んでいますが、もし本人たちが正義のつもりでやっていた場合、こうした犯罪は罰金刑の厳罰化では効果的に抑止できない可能性があるのです。

なお研究では、常に報酬が罰の執行を思いとどまらせるわけではないことも示されています。

罰を下すことで得られる報酬が非常に大きい場合、または犯人たちの罪が大きく罰を受けるべきであるという道徳的な支持が得られる場合には、今回のような効果はあまり確認できませんでした。

研究者たちは今後も罰を下す動機と社会関係のつながりを調べていくとのこと。

もし人間が罰を下すメカニズムを正確に理解することができれば、私刑として実行されるタイプの犯罪を効果的に抑止できるようになるかもしれません。


参考文献

People Hurt Other People to Signal Their Own Goodness

元論文

Material Benefits Crowd Out Moralistic Punishment


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功