・仕組みを調べた結果、雌雄が融合するアンコウは既存の免疫能力を捨てていた
・アンコウは抗体やT細胞に依存しない未知の免疫システムを持つ可能性がある
・アンコウの免疫システムを利用すれば既知の病原体を圧倒できるゲームチェンジャーになる
深海に住むアンコウは、驚くべき繁殖戦略を採用していることが知られています。
この繁殖戦略において、アンコウ小柄なオスは巨大なメスに永久と組織を融合させ、共通の血液循環を確立し、栄養の供給を完全にメスに依存するようになるのです。
この異常な現象は性的寄生と呼ばれていて、メスとオスが滅多に出会うことのない広大な深海に生息するアンコウの繁殖の成功に貢献しています。
しかし通常、異なる個体の組織が体内に入り込んだ場合、拒絶反応が起こります。
なぜオスのアンコウはメスの免疫システムに攻撃されないのか……?
この疑問は1920年にアイスランドの水産生物学者が最初の融合体を発見して以来100年以上もの間、謎でした。
しかし今回、その謎がついに解き明かされました。
なんと性的寄生が行われているアンコウ種は、免疫システムに必要不可欠な抗体遺伝子やT細胞の機能が失われていたのです。
抗体や免疫細胞がなければ、そもそも拒絶反応は起こらないため、理屈としては筋が通った結果と言えるでしょう。
アンコウは獲得免疫を捨てていた
水深300メートル以下の深海に生息するアンコウは168種が知られており、一部の種は、性的寄生として知られるプロセスを経て交尾をします。
この性的寄生においては、オスがメスの体に付着することからはじまり、2匹の皮膚組織が融合し、最終的には循環系がつながり、オスは栄養分をメスに依存するようになります。
性的寄生を行ったオスはメスにとって外部臓器となり、精子の供給だけを行うようになります。
またこの性的寄生は「多夫一妻」になることが多く、メスのなかには複数のオスと融合しているものも確認できます。
しかし本来、寄生体であるオスと宿主であるメスは異なる遺伝子を持つ別個体です。
他のすべての脊椎動物種では、体内に侵入した他個体の組織の存在は、免疫システムによって異物と認識され、免疫システムによる攻撃の対象となります。
ですが性的寄生が行われているアンコウでは、オスの体はメスの免疫からの攻撃を受けません。
ドイツのマックスプランク研究所のスワン氏らは、この謎を解くため何種類かのアンコウを捕らえました。
捕えられたアンコウのうち、4種は一時的な付着が起こり、6種では永続的な融合が起こすことが知られています。
研究者たちは、これら融合を起こすアンコウのDNAと融合しないアンコウのDNAを比較し、どのような仕組みが拒絶反応を避けていたのかを調べました。
その結果、永久的に融合する6種では、移植臓器に対する拒絶反応の中核を担う主要組織適合遺伝子複合体(MHCタンパク質)が存在しないほか、2つの種では、抗体の生産能力そのものがなくなっていたのです。
さらに永久的に結合するアンコウでは、キラーT細胞の機能もほとんど失われていました。
キラーT細胞は感染細胞を排除したり、臓器拒絶反応の過程で異物組織を攻撃したりする働きをする免疫細胞です。
抗体とキラーT細胞は獲得免疫における主要な武器であり、もし人間で同じような免疫の欠落が起きた場合、致命的な結果につながるでしょう。
深海は生命の密度が乏しい環境ではありますが、感染を引き起こす病原体は存在しています。
しかしアンコウにとって、抗体やT細胞がなくても、その病原体と充分に戦えているようです。
研究者たちは、アンコウは既知の脊椎動物とは根本的に異なる免疫システムを持っていると結論づけました。