未来の植物は暗闇の中で育成されているかもしれません。
米国のカリフォルニア大学(University of California)で行われた研究により、太陽光発電から得た電力を利用して二酸化炭素と水から栄養素(酢酸)を作る「人工光合成」技術が開発され、本来の光合成よりも高い効率で、植物を栽培することに成功しました。
研究ではこの技術を利用することで、通常の光合成を一切行うことなしに、完全な暗闇の中で藻類を育てられることも実証されています。
研究内容の詳細は2022年6月23日に『Nature Food』に掲載されただけでなく、NASAの『深宇宙フードチャレンジ』の一次選抜を突破することにも成功しています。
目次
光合成は素晴らしい仕組みだがエネルギー効率が低い
人工光合成で得た栄養素を使い植物を「完全な暗闇」で育てる
光合成は素晴らしい仕組みだがエネルギー効率が低い
太陽の光エネルギーを利用する植物の光合成は、地球の食料供給を支える重要な生物機能となっています。
しかし光合成において太陽エネルギーから食品へのエネルギー変換効率は1%ほどとかなり低く、約80億人の人類を生存させるために、地球の全陸地の11%に達する広大な耕地面積が必要となっています。
増え続ける人口を支える手段として、耕地を拡大していくことは、自然環境の破壊にもつながります。
そこで近年になって、植物の遺伝子を操作することで、光合成効率を改良する試みが行われるようになってきました。
しかし残念なことに、光合成効率の改善に成功した例は少数に限られており、即時の応用は期待できません。
耕地の質を高めるために肥料を改良する方法も検討されていますが、大規模な肥料の投入は環境汚染のリスクにもなります。
そこで今回、カリフォルニア大学の研究者たちは、非効率な光合成システムを放棄して、栄養の生産を人工光合成に取り換える方法を開発しました。
人工光合成で得た栄養素を使い植物を「完全な暗闇」で育てる
人工光合成は太陽エネルギーを利用して、二酸化炭素と水から栄養源を生産する過程です。
通常の光合成ではこの過程は葉緑体にて行われますが、人工光合成では無機的な触媒によって媒介されます。
その中でも最近になって注目されているのが、太陽発電によって得られた電力を使った「二酸化炭素の電気分解」です。
電気分解と言うと電力を使った水から水素と酸素を作る過程が有名ですが、二酸化炭素を電気分解することで、一酸化炭素・ギ酸塩・メタノール・水素などを作る仕組みの実証が進んでいます。
ですが得られた生産物を植物が利用できる形にするためには、特殊な微生物や別の装置によって栄養源やエネルギーなどに変換する必要があり、利用は限られていました。
しかし新たに開発された方法では電気分解を2段階に別けることで、二酸化炭素と水から広範な生物が栄養源にできる「酢酸(お酢の酸っぱい成分)」を非常に高い効率で直接生成することに成功しました。
(※第一段階では二酸化炭素から一酸化炭素が作られ、第二段階で一酸化炭素から酢酸が作られました)
酢酸はこれまでの研究で作成された生産物(一酸化炭素・ギ酸塩・メタノール・水素)とは異なり、植物が直接栄養源として利用することが可能な物質です。
そのため研究者たちは試しに、人工光合成によって得られた酢酸を含む溶液(電気分解後の電解液)を、暗い場所に置かれた藻類クラミドモナス(コナミドリムシ)に与えてみました。
すると、酢酸1gを投与するとコナミドリムシを0.28g増やす効果があることが確認されました。
また成長の過程で、投入された酢酸の99%が消費され、酢酸がエネルギー源になるだけでなく、藻類の体を作る炭素源として利用されていることが判明します。
この結果は、光合成を人工光合成に代替しても、コナミドリムシが成長できることを示します。
さらに人工光合成によって得られた酢酸には、一般的な食用植物として知られているイネ・トマト・レタス・グリーンピース・ハラペーニョ・アブラナ・タバコ・ササゲ・シロイヌナズナだけでなく光合成を行わないキノコ類や酵母でも成長のエネルギー源および炭素源として利用できることが示されました。
(※放射線同位体を利用して酢酸の中に含まれる炭素13が植物や菌類の体に取り込まれていることが確認できました)
この結果は、幅広い生物において酢酸利用のメカニズムが共通しており、人工光合成の恩恵を与えられる可能性を示します。
たとえば耕作地の近くに人工光合成施設を建設すれば、大気中の二酸化炭素を捕獲して栄養素として使える酢酸を無料かつ無尽蔵に生産できます。
しかしより興味深い結果は、エネルギー効率の高さにありました。