がん細胞は血液中を循環することで、体の別の場所へと転移します。
では、転移はどういうタイミングで起きているのでしょうか?
スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)に所属するがん生物学者ニコラ・アチェート氏ら研究チームは、活動する時間帯よりも睡眠中にがん細胞が血管内に侵入する可能性が高いと報告しました。
がん細胞は、動物や人間が寝ている時に広がっていたようです。
研究の詳細は、2022年6月22日付の科学誌『Nature』に掲載されました。
※この結果は、「がんの転移を抑えるには睡眠時間を減らせばよい」という意味ではありません。むしろ、がん患者の睡眠不足は死亡リスクを向上させます。
目次
血液中を循環するがん細胞
睡眠中に血液中のがん細胞レベルは増大する
血液中を循環するがん細胞
がんは血液を通して、転移します。
悪性度の高いがん細胞が血管内に入り込み、血液中を循環。
循環するがん細胞が血管外に出て、他の場所でも増殖するようになるのです。
血液中を循環するがん細胞のことを「循環腫瘍細胞(CTC:circulating tumour cells)」と呼びます。
そのためがん検診では、画像診断だけでなく、血液検査も行われます。
血中にCTCがどれほど存在するか調べることで、がん細胞の特徴や悪性度を把握できるのです。
そして今回の新しい発見は、がんの血液検査に大きな影響を与えることになりました。
発見のきっかけは、アチェート氏と同僚が行ったCTC検査における時間帯の違いでした。
彼らが腫瘍をもつマウスの採血を行ったところ、時間帯によってCTCレベルが大きく異なっていたのです。
そこでアチェート氏は次に、乳がんで入院中の女性30人の血液を、午前4時と午前10時にそれぞれ1回ずつ採血してみました。
その結果、血液サンプルから検出された全CTCのうち約80%は、午前4時に採取されたものでした。
つまり、患者がまだ寝ている時間帯に、血液中のがん細胞が増加していたのです。
睡眠中に血液中のがん細胞レベルは増大する
研究チームは、新しく確認された循環腫瘍細胞(CTC)の傾向をさらに詳しく調べることにしました。
そこで乳がん腫瘍をマウスに移植し、そのマウスのCTCレベルを1日中検査しました。
ちなみに、マウスの概日リズム(1日の生理的な周期。体内時計)はヒトとは異なっており、夜間に最も活動的になり、日中に休息します。
そして検査の結果、マウスの場合、CTCレベルは休息状態にある日中にピークに達すると分かりました。
しかもそのピーク時には、基準値の最大88倍ものCTCレベルが確認されたようです。
さらに別の実験も行われました。
この実験では、安静時と活動時の両方で、マウスからCTCを採取。
それぞれの細胞に異なる蛍光タグをつけ、再びマウスに注入しました。
その結果、新しい腫瘍に成長した細胞のほとんどが、安静時に採取したCTCだったのです。
つまり、睡眠中のCTCは特に転移しやすい性質をもっていることも分かります。