免疫細胞たちの「学校」は体中の細胞の展覧会でした。

米国のハーバード大学(Harvard University)で行われた研究によって、生まれたての免疫細胞(T細胞)たちが自分の体を攻撃しないように学ぶ「学校(胸腺)」において、皮膚・筋肉・肺・肝臓・腸などあらゆる体の細胞を真似る「模倣細胞」が展示されていることが発見されました。

未熟なT細胞たちは、この模倣細胞をリアルな教材として覚え込むことで、自己(味方)と非自己(敵)の区別する能力を獲得していたようです。

研究成果は免疫システムの根本にかかわるものであり、極めて重大な発見と言えます。

しかし学校となる胸腺では、いったいどんな仕組みで体中の模倣が行われていたのでしょうか?

研究内容の詳細は2022年6月16日に『Cell』にて掲載されました。

目次
免疫細胞が自分を攻撃しないように学ぶ「学校」の仕組みが判明!
模倣細胞の模倣は外観だけでなく遺伝子活性にまで及ぶ

免疫細胞が自分を攻撃しないように学ぶ「学校」の仕組みが判明!

免疫細胞が自分を攻撃しないように学ぶ「学校」の仕組みが判明!
(画像=Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

人間の免疫システムは極めて優秀であり、病原体となる細菌やウイルスから体を防衛し、悪性腫瘍に発展しかねない異常細胞を検知して除去することが可能になっています。

しかし、これらの優れた機能を発揮する大前提として、免疫細胞たちは自己(味方)と非自己(敵)を区別する必要があります。

もし免疫細胞たちの敵味方識別が働かない場合、免疫細胞の持つ高い攻撃力が自分の体に向かってしまい、致命的な自己免疫疾患を引き起こします。

そのため私たちの体には、免疫細胞(特にT細胞)たちが敵味方の違いを学ぶための「学校」が必要です。

これまでの研究により、上半身にある「胸腺」と呼ばれる小さな臓器が、T細胞たちの「学校」となっていることが知られています。

生れたばかりのT細胞はまず胸腺に送られ、そこで自分の体を攻撃しないように教え込まれまれるのです。

しかし、いったいどんな仕組みでT細胞に教育が行われているのか、詳しい仕組みはわかっていませんでした。

そこで今回、ハーバード大学の研究者たちは、胸腺でT細胞の教育を行っていると考えられている仕組みがどんなものであるかを詳しく調べることにしました。

すると驚いたことに、胸腺には皮膚・筋肉・肺・肝臓・腸などさまざまな体の細胞を真似る「模倣細胞」のクラスターが存在することが判明しました。

つまり「学校(胸腺)」の内部では体のさまざまな細胞を真似た、多種多様の「ダミー人形(模倣細胞)」の展覧会のような状態になっており、T細胞たちはそれら模倣細胞と接することで、攻撃してはならない自分の細胞の特徴を学んでいたのです。

研究者の1人は「胸腺の中に筋肉・腸などさまざまな器官にみられるのと似た多様な細胞が存在することに驚いた」と述べています。

しかしより驚くべきは、胸腺の内部に雑多な細胞が存在することを最初に記した文献が、1800年代半ばまでさかのぼれることです。

過去の研究者たちは、胸腺を顕微鏡で観察し、筋肉・腸・皮膚のような細胞が存在することを発見していたのです。

ただ当時、胸腺は盲腸と同じような何の意味もない、摘出しても大丈夫な痕跡器官とみなされており、後年に至るまで詳しい調査が行われることはありませんでした。

(痕跡器官:祖先の生物では機能していたが、退化して跡だけが残っている器官)

ですが今回の研究は、非常に古い発見に意味を与え、さらに分子レベルでのメカニズムの解明にも挑んでいます。

さまざまな体の部位を模倣する模倣細胞は、いったいどんなメカニズムで模倣を実現していたのでしょうか?

模倣細胞の模倣は外観だけでなく遺伝子活性にまで及ぶ

免疫細胞が自分を攻撃しないように学ぶ「学校」の仕組みが判明!
(画像=Credit:Daniel A. Michelson et al . Thymic epithelial cells co-opt lineage-defining transcription factors to eliminate autoreactive T cells (2022) . Cell、『ナゾロジー』より引用)

模倣細胞は、いったいどんなメカニズムで筋肉や腸などの細胞を模倣していたのか?

謎を解明するため研究者たちは模倣細胞を採取して、内部で働いている遺伝子を調査しました。

すると、筋肉や皮膚、肺や肝臓を模倣している細胞では、それぞれの組織に固有の遺伝子群が働いていることが判明します。

つまり、模倣細胞による「まねっこ」は単に外観を似せているだけでなく、遺伝子の働き方のレベルにまで及んでいたのです。

また模倣時に働いている遺伝子群がどのような仕組みでオンオフにされているかを調べたところ、各組織固有の転写因子が結合することが、模倣を開始するスイッチになっていることが判明します。

例えば筋肉に固有の転写因子がスイッチをオンにすると、模倣細胞は筋肉細胞への模倣を開始するのに必要な遺伝子群が働き始めます。

同様に転写因子の種類が変わることに、皮膚・肺・肝臓・腸など異なる組織の細胞への模倣が開始されていました。

(※私たちの体の細胞はすべて同じDNAを持っていますが、遺伝子の活性パターンの違いにより種類の異なる細胞へと変化します)

興味深いのは、模倣細胞が筋肉や腸などを模倣していたとしても、あくまで周囲にある胸腺細胞との一体性を失っていない点にあります。