運動で食欲をなくす物質が分泌されるようです。

米国のスタンフォード大学(Stanford University)で行われた研究により、激しい運動を行ったときに分泌される特定の物質『N-ラクトイル-フェニルアラニン(N-Lac-Phe)』が、マウスの食欲を奪い、食べる量を半分にしていたことが示されました。

また「N-Lac-Phe」を10日間に渡りマウスに注射し続けると、マウスの体重が減少し、血糖値を下げる能力も上昇したことが判明します。

今回の研究により、運動と空腹の根底にある繋がりの理解が進むと期待されます。

しかし、なぜ運動してカロリーを消費したにもかかわらず、私たちの体は食欲を無くす仕組みが働くのでしょうか?

研究内容の詳細は2022年6月15日に『Nature』にて掲載されました。

目次
運動すると「むしろ食欲がなくなる」不思議な仕組みを解明
激しい運動は生き延びるための緊急システムを起動させる
高齢者や寝たきり患者に運動の恩恵を与える薬が開発できる

運動すると「むしろ食欲がなくなる」不思議な仕組みを解明

激しい運動でカロリー消費したのに「食欲がなくなる」理由を解明
(画像=運動すると「むしろ食欲がなくなる」不思議な仕組みを解明 / Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

古くから運動は肥満の解消や糖尿病の予防など、幅広い健康効果を持つことが知られていました。

しかし運動という行動(入力)と健康効果という結果(出力)をつなぐ「利益を伝達する分子メカニズム」は多くが謎に包まれていました。

そこで今回、スタンフォード大学の研究者たちは、激しい運動を行わせたマウスの血液を採取して、検出可能な全ての成分濃度を調べることにしました。

これまでの研究でも、運動によって変化する血液成分が数多く発見されてきましたが、今回の研究ではより徹底した検出が試みられました。

すると、乳酸とアミノ酸の一種であるフェニルアラニンが結合した分子である「N-ラクトイル-フェニルアラニン(N-Lac-Phe)」が、既知の運動に関連することが知られていた分子たちを抑えて、最も大きな変動を起こしていたことを発見します。

過去の研究によりN-Lac-Pheの存在自体は知られていましたが、詳しい解明は進んでいませんでした。

そこで研究者たちは、高脂肪食を与えられて肥満になったマウスに対して、高容量のN-Lac-Pheを注射してみることにしました。

するとN-Lac-Pheは1時間ほどでマウスの体から排除されていったものの、マウスはその後12時間にわたり食欲が減少し、食事の摂取量も50%にまで低下したことが判明します。

さらに驚くべきことに、マウスのエネルギー効率を調べたところ、食事の量が減ってもエネルギー消費量が落ちていないことが判明します。

またその後も10日に渡り肥満マウスたちにN-Lac-Pheを注射し続けたところ、血糖値を下げる能力(耐糖能力)が改善し、体重も大きく低下していることが示されました。

これらの結果は「N-Lac-Phe」が運動という入力を肥満解消など健康効果の出力につなげるための利益伝達(引換券)の役割を担っていることを示します。

「N-Lac-Phe」を体内に注射することは、健康効果の引換券を無料(運動なし)で得ることと同じと言えるでしょう。

しかし、なぜ運動によって食欲を増すのではなく、逆に無くすような分子が分泌されるのでしょうか?

激しい運動は生き延びるための緊急システムを起動させる

激しい運動でカロリー消費したのに「食欲がなくなる」理由を解明
(画像=激しい運動は生き延びるための緊急システムを起動させる / Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

なぜ運動を行ったのに食欲がなくなるのでしょうか?

研究者たちは運動の「激しさ」が鍵になると述べています。

今回の研究では、マウスに加えて人間でも運動後の「N-Lac-Phe」の測定が行われました。

結果、「N-Lac-Phe」の分泌が最も多くみられたのは短時間の全力疾走であり、2番目が筋肉トレーニング、そして最も少ないのが軽度から中度の持久走となりました。

そのため研究者たちは、激しい運動によって分泌される「N-Lac-Phe」は体に対して「生存を脅かすような状況」にあることを伝達している可能性があると考えました。

エネルギーの摂取は長期生存のために行われる行動てあるため、緊急の状況では優先度が低くなります。

食事中は基本的に生き物は無防備になるため、捕食者に追われるなど生存が脅かされている緊急事態においては、食欲に気をとられないように抑えるシステムが働くと考えられるのです。

高齢者や寝たきり患者に運動の恩恵を与える薬が開発できる

激しい運動でカロリー消費したのに「食欲がなくなる」理由を解明
(画像=高齢者や寝たきり患者に運動の恩恵を与える薬が開発できる / Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究によって、激しい運動によって分泌される「N-Lac-Phe」が、食欲を抑える効果を発揮している可能性が判明しました。

また「N-Lac-Phe」はマウスだけでなく、激しい運動を行った人間でも分泌されていることが判明し、幅広い種に共通して存在するシステムである可能性が示されます。

さらに追加の調査では「N-Lac-Phe」の分泌は免疫細胞や臓器の上皮細胞など体の複数の部位から行われていることが示されました。

この結果は激しい運動を検知しているのは筋肉だけではないことを示します。

研究者たちは今後、「N-Lac-Phe」がどのようにして脳の食欲を抑えているかを解明していきたい、とのこと。

運動と健康効果を結ぶ分子メカニズムを解明して中間の「効果の引換券」を利用することができれば、高齢者や寝たきり患者など運動が困難である人々に対して、運動したのと同じような健康効果を与えられるかもしれません。


参考文献

Exercise-Induced Metabolite that Reduces Food Intake Identified

元論文

An exercise-inducible metabolite that suppresses feeding and obesity


提供元・ナゾロジー

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