活動銀河核(AGN)と呼ばれる超大質量ブラックホールは、周囲に巻き込んだ降着円盤から物質を飲み込んで成長していく非常に明るい天体の1つです。

そんなAGNもいずれはその激しい活動を終えることになりますが、いつ終焉を迎えるかはわかっておらず、終焉の瞬間を観測した例もありませんでした。

しかし東北大学の研究チームは、今回「Arp187」という天体に着目し、AGNが作る3000光年に及ぶ電離領域を鏡として利用することで、3000年前に活動を終えたAGNの最後の輝きを捉えることに成功したと報告しています。

これは死にゆく活動銀河核の最後の瞬間を捉えた非常に珍しい例です。

この研究成果は、2021年6月に開催された、アメリカ天文学会年会で発表されます。

目次
超大質量ブラックホールの死の瞬間
死にゆく活動銀河核の最後の輝き

超大質量ブラックホールの死の瞬間

3000光年寄り道した光から「超大質量ブラックホールの最後の輝き」を捉える
(画像=活動銀河核の1種「クエーサー」のイメージイラスト。AGNは周囲のガスや塵がブラックホールに落下したとき大量のエネルギーが放出され輝いている。 / Credit: NASA, ESA and J. Olmsted (STScI)、『ナゾロジー』より引用)

強力なエネルギーを放出して明るく輝く超大質量ブラックホールを活動銀河核(AGN)と呼びます。

宇宙でもっとも明るい天体と呼ばれるクエーサーも活動銀河核の1種と考えられています。

ブラックホールそのものは強力な重力で光さえ吸い込んでしまうので、直接輝くことはありません。

しかし、ブラックホールの周りに物質(ガスや塵)が落下すると、それは重力エネルギーを開放して、強烈な光を放ちます。

天文学者は、こうした活動銀河核の輝きを見ることで、超大質量ブラックホールがどのように成長(質量の増加)していくかを研究することができるのです。

宇宙で発見される超大質量ブラックホールは、太陽質量の100万倍~100億倍もあるものが確認されています。

太陽の100億倍というは途方もない大きさですが、無限に巨大化したブラックホールというものは見つかっていません。

そのため、いずれは超大質量ブラックホールも、その激しい活動を終えるときが来ると考えられます。

しかし、いったん活動を終えてしまえば、ブラックホールは急激にその輝きを失って観測不可能となってしまうため、その瞬間を捉えることは非常に困難です。

活動銀河核の終焉は、未だよくわかっていない、天文学の解くべき謎の1つなのです。

けれど今回、その困難な観測を実現させる新たな研究が登場しました。

東北大学学際科学フロンティア研究所の市川幸平助教らの研究チームは、活動銀河核が作り出す周辺の環境の変化をうまく利用することで、「死につつある活動銀河核」を発見し、その終焉の瞬間を観測することに成功したのです。

死にゆく活動銀河核の最後の輝き

3000光年寄り道した光から「超大質量ブラックホールの最後の輝き」を捉える
(画像=降着円盤から物質が落下すると、ブラックホールは極方向に向けて強力なジェットを噴出する / Credit:ESA-The dynamic behaviour of a black hole corona、『ナゾロジー』より引用)

活動銀河核と呼ばれる超大質量ブラックホールは、極方向に強烈なジェットを噴出します。

こうして吹き出したジェットは、1万光年以上もの非常に広範囲までおよびます。

3000光年寄り道した光から「超大質量ブラックホールの最後の輝き」を捉える
(画像=ヘラクレスAから放出されたジェット。可視光ではないためピンク色に着色して表示されている。これは150万光年までおよんでいる。 / Credit:NASA, ESA, S. Baum & C. O’Dea (RIT), R. Perley & W. Cotton (NRAO/AUI/NSF), and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA)、『ナゾロジー』より引用)

上の画像は、ヘラクレスAと呼ばれる楕円銀河のジェットを撮影したものですが、これは150万光年(天の川銀河の15倍)という広範囲まで広がっています。

今回の研究チームは、このようにジェットを噴出した「Arp187」という天体を、アルマ望遠鏡、VLA望遠鏡といった望遠鏡で電波観測し、データを解析しました。

このとき、「Arp187」にはジェット特有の2方向に広がる構造が見られましたが、中心核の部分は真っ暗で何も見えなかったのです。

3000光年寄り道した光から「超大質量ブラックホールの最後の輝き」を捉える
(画像=VLA 望遠鏡とアルマ望遠鏡の観測から得られた Arp 187 の電波画像 / Credit:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), Ichikawa et al.(東北大学)、『ナゾロジー』より引用)

この画像を見ると、上に上げたヘラクレスAのジェット噴出とは異なり、ジェットを吹き出す中心天体が見えないのがわかります。

活動銀河核は膨大なエネルギーの光を放出するため、周囲のガスが電離します。

電離というのは、強いエネルギーの光子がぶつかることによって、原子核の周りを回る電子が叩き出される現象をいいます。

つまり、電離したガスの存在は、かつて高エネルギーの光子にされされた証拠になるわけです。

「Arp187」では、この電離領域が中心から3000光年のあたりで途切れていました。

つまり、この活動銀河核は、約3000年以内という最近に活動を停止させたと考えられるのです。

3000光年寄り道した光から「超大質量ブラックホールの最後の輝き」を捉える
(画像=死につつある活動銀河核のイメージ図。一般的な活動銀河核は広がった電離領域 (約3000光年) および中心核 (<30光年) の両方で明るく輝くが、死につつある活動銀河核では中心核はすでに暗くなり、広がった電離領域のみが明るく輝いている。 / Credit:Ichikawa et al.(東北大学)、『ナゾロジー』より引用)

この活動銀河核から3000光年離れた電離領域は、地球から見た「鏡」として理解することができます。

現在、地球から見えるこの領域の光は、3000年分寄り道して反射した、活動銀河核が活動を終える瞬間の光なのです。

活動銀河核の中心は、現在NASAのNuSTAR衛星 を使って観測したところ、ほとんどX線が検出されず、非常に暗いことがわかりました。

これはこの3000年程度の間に、活動銀河核の光度が1000分の1以下に暗くなったことを示しています。

今回の観測は、終焉を迎えた超大質量ブラックホールの最後の光を発見したことになるのです。

「今回は一天体のみの発見ですが、同様の手法を用いて、死につつある活動銀河核をより多く探査することを検討しています。

さらに、超巨大ブラックホール周辺の分子ガス分布を調査することで、超巨大ブラックホールの最期がどのような環境なのかを明らかにする予定です」

研究チームを率いた市川幸平助教は、そのように今後の展望を語っています。

巨大なブラックホールの活動にも終わりのときが来ます。その最後の光を見るというのは、なんともロマンあふれるお話です。


参考文献

最期を迎えた超巨大ブラックホールの発見 3000光年寄り道した光が捉える超巨大ブラックホールの最期の輝き(東北大学)


提供元・ナゾロジー

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