近い将来、がん検診をしてくれるのは「イナゴ」になるかもしれません。
米ミシガン州立大学(MSU)の研究チームはこのほど、イナゴの脳と触覚を使って、ヒトの口腔がん(口の中にできる悪性腫瘍)を迅速かつ簡単に検知できる方法を発見したと報告しました。
健康な細胞とがん細胞の発する揮発性物質をイナゴの触覚に触れさせると、脳がまったく違う反応を示したというのです。
この反応を応用することで、呼気から口腔がんの有無を検出する診断ツールの開発も期待できます。
この研究は現在査読前で、論文は2022年5月25日付で、プレプリントリポジトリ『bioRxiv(バイオアーカイヴ)』で公開されています。
目次
がん細胞に対する「イナゴ脳の反応」を調べる
実用化には「倫理的」な問題も…
がん細胞に対する「イナゴ脳の反応」を調べる
動物の中には、ヒトの病気を検知できる不思議な能力を持つものがいます。
代表的なのは「犬」で、彼らは飼い主の血糖値が下がり始めたり、がんや結核を発症したときに、それを察知できるのです。
このとき犬は、ヒトの体臭や呼気に含まれる病気特有の化学物質を嗅ぎ分けています。
他方で、これを検知できるように犬を訓練するのは、多大な時間とお金がかかってしまいます。
そこで研究チームは、犬のような嗅覚を持ちながら、訓練する必要のない「イナゴ」を活用することにしました。
イナゴは、化学物質を嗅ぎ分けられる鋭い嗅覚を持っていることから、近年、よく研究されるようになっています。
しかし、イナゴを使った方法は、犬と違ってかなり残酷です。
まず、外科手術により、イナゴの脳を生きた状態で露出させます。
次に、触覚が検知した化学物質への反応を受信できるよう、イナゴの脳に電極を刺し込みます。
その後、口腔がん患者から採取した3種類のがん細胞と、健康な口腔細胞を培養。
それぞれの細胞が放つ揮発性物質を触覚に当てることで、脳の反応の違いを調べました。
すると、イナゴの生きた脳は、がん細胞と健康な細胞とで、まったく異なる反応を示したのです。
記録された電気活動のパターンは非常に明瞭で、ある種の細胞が放つ揮発性物質を触覚に当てるだけで、それが「がん細胞」か「健康な細胞」であるかを識別できました。
研究主任のデバジット・サハ(Debajit Saha)氏は「昆虫の脳が、がん検出ツールとして検証されたのは今回が初めてであり、その上、高感度かつ信頼性が高く、検出速度も非常に速かった」と述べています。
ただし今のところ、明確な信号を得るには40個のニューロンからの記録が必要であり、それには6〜10匹のイナゴの脳が必要であるという。
サハ氏は、より性能の高い電極などを導入することで、1匹のイナゴだけでがん診断ができるようにしたいと考えています。
さらに、イナゴの脳と触覚をポータブル機器に搭載し、どこでも簡単にがんを調べられるシステムを構築するつもりだと述べました。
もしかしたら将来的には、飲酒検問のように、イナゴに息を吹きかけるだけで、がんの有無がわかるかもしれません。
実用化には「倫理的」な問題も…
一方で、本研究には参加していない、英ウォーリック大学(University of Warwick)のジェームス・コヴィントン(James Covington)氏は、この研究結果を賞賛しつつも、実際の臨床現場で使われるようにはならないだろう、と考えています。
「科学的にはとても興味深いことですが、がん検診の方法として承認するには、非常に多くの課題があるでしょう」
その一つとして、コヴィントン氏は「倫理的な問題」をあげています。
言い換えれば、ヒトのがん検診をするために大量のイナゴの命を奪っても良いのか、という問題です。
たとえば、爆発物の探知用に訓練されたミツバチなどがいますが、彼らは、任務終了後に再び自然に戻ることができます。
しかし、イナゴの場合は一発勝負であり、がんがあろうがなかろうが、確実に死ぬことになるのです。
ただ、今後の研究で、イナゴの脳と触覚の詳しい働きが解明できれば、そのシステムを人工的に模倣した診断ツールが作れるかもしれません。
そうすれば、診断のたびごとに、イナゴの命を奪う必要もなくなるでしょう。
参考文献
Using a locust’s brain and antennae to detect mouth cancer
Scientists hacked a locust’s brain to sniff out human cancer
元論文
Harnessing insect olfactory neural circuits for noninvasive detection of human cancer
提供元・ナゾロジー
【関連記事】
・ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
・人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
・深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
・「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
・人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功